第4話 爆殺する彼女と爆発する僕
「なんか揺れてる?」
瞬間、ドン、と突き上げるような大きな揺れがあった。慣れているマリーベルはすぐさまスレイの姿を探す。いた。豆畑の前で呆然と「何か」を見上げている。
「ミ、ミミズだ!!」
「デカい!!デカすぎる!!」
「きゃああああ、グロテスク!!」
マリーベル含め、少し離れていた村人たちからはその異形がよく見えた。畑の真ん中から巨大なミミズが生えている。地面の上に出ている部分だけで三メートル以上ある。スレイは近すぎて逆に何が起こっているのかわかっていない様子だった。
「スレイ!危ない!!」
立ち上がったミミズがゆっくりとスレイの方へ倒れ込んで来るのが見えて、マリーベルは慌てて駆け寄った。体を滑り込ませて右腕を振り抜く。
「ハアッ!!」
ばんっ、と因子が爆ぜてミミズの頭部(?)を吹き飛ばした。しかし気色悪い汁を飛ばしながらもミミズは暴れ続けていて、マリーベルはスレイごとふっ飛ばされて気絶してしまった。
「いてて…マリーベル、大丈夫!!?」
庇われる形になったスレイは奇跡的に無傷だ。意識もはっきりしている。
更に悪いことに、ミミズは次々と地面から現れ、好き勝手に土を食い荒らし始めた。
村人たちもクワで応戦しようとするが、多少傷つけたところでミミズを止めることはできなかった。
「はあはあ、厄介じゃのう」
そこへ、大賢者が息を切らしてやってきた。
「大賢者さま、これは…」
「間違いなく成長促進の魔法の影響じゃな。本来ならば植物にしか効果がないはずなのじゃが、光ポの濃すぎる因子が影響したか…実に興味深い!」
「言ってる場合ですか!」
「すまん、研究者の血が騒いでな」
てへっ、と可愛くおどけて見せられても殺意しか湧かない。
「まずはあのミミズをなんとかしよう。わしは炎のスクロールで焼いていく。あとはお嬢ちゃんなら戦力になるはずじゃ」
言いながらマリーベルの口に光ポを一滴流し込む。マリーベルはすぐさま飛び起きて、
「スレイ、無事だった!?」
「君のおかげでね」
「そう、良かった」
と、ほっと胸を撫で下ろした。
ミミズは相変わらず暴れているが、大賢者とマリーベルの各個撃破で少しずつ現場は落ち着きを取り戻し始めていた。
村人たちは今は集まってその様子を見守っていることしかできなかった。
「おれ、この戦いが終わったらマリーベルちゃんに謝ろ…」
「何をだよ」
「何だっていいよ…怖すぎるよ…」
どちらかというと巨大ミミズよりは、ミミズの体液にまみれながらも次々とミミズを爆殺していくマリーベルに怯えていた。中には可愛そうな目をスレイに向ける人もいる。
討伐は順調に見えたが、何事も慣れた頃が危ないものだ。
「地震だ!!」
最初のよりも大きく地面が揺れる。バランスを崩して倒れた大賢者をマリーベルが回収して揺れが収まるのを待つ。
揺れが収まったとき、目の前にあるものを見て、今度こそ全員が絶句した。
「も、モグラ、だよなぁ」
「ミミズを食べているし、多分そうだと思うけど」
「村よりデカくね?冗談抜きで」
そう村人たちが評した通りの、巨大なモグラが生き残っていたミミズを次々と捕食し始めたのだ。
「ヤバイヤバイ!ヤバイって!!」
そんな叫びも、モグラが移動するときの地響きでかき消されてしまう。
土煙の向こうで大賢者とマリーベルが攻撃を試みているようであったが、相手が巨大すぎて効果がないのか、やがて諦めて戻ってきた。
「もうだめじゃ」
「だめだね」
「そ、そんな!!」
二人の簡潔すぎる感想が全員を恐怖のどん底に容赦なく突き落とす。パニックになるのを抑えるために、大賢者は言った。
「安心せよ。あの巨体をいつまでも維持できるとは思えん。じきに力尽きて死ぬじゃろう。あとは村の方へ向かんように祈るだけじゃな」
「そ、それであれば…」
しかし駄目なのだ。例え本当にそうであってもそんなことを言っては駄目なのだ。
「ああっ!モグラが村の方に!!」
あらかたミミズを食い散らかしたモグラが、次の標的として村の方を見定めてしまった。目は見えていないはずなので単なる偶然だが何か作為的なものを感じないでもない。
「もうだめじゃ」
「南無」
「ああ…」
地面を揺らしながら進んでいくモグラを成す術なく見守ることしかできない。できるのは、村に残っていた人たちが、気付いて逃げ出してくれることを祈るばかり。
「僕が、やる」
パチリ、と首に嵌っていた首輪を外して宣言した男がいた。
「…スレイ?」
そう呼ばれた男の手には、大賢者が残した水筒が在る。
「マリーベル!力を貸してくれ!!」
スレイは水筒の中身を一気に煽る。喉が焼けるように熱い。その熱は腹に収まって全く衰えない。
変化は劇的だった。真っ白だった髪の毛は瞬く間に艶めく黒髪に代わり、貧相な体つきも見違えるほど筋骨隆々に。盛り上がった筋肉が窮屈そうに服を伸ばしていた。
「スレイ…立派になって…」
見違えた息子の姿に涙を流す母に頭を下げてから、スレイは自分が使える魔法の中から一番適していると思われるものを選択する。
「いくぞ、『ヘカトンケイル』!!」
「ヘカトンケイルじゃと!?ご禁制の戦略兵器魔法じゃぞ!?なんでそんなもんがここに!?」
「軍からの横流し品を闇市で安く手に入れまして。何でも使い方が難しく全く売れないのだとか」
「冷静に言っておるが、一時的に巨大化して戦闘能力を著しく引き上げる代わりに理性を失ったしまうために禁呪指定された魔法じゃぞ」
「大丈夫だよ、大賢者様。スレイの場合、一瞬巨大化してすぐ気絶するだけだから、爆発系とかよりよっぽど安全だよ!」
「そんなもんかな!!?」
混乱する大賢者の横で、スレイの魔法は彼を見る間に巨大化させる。服はあっという間に弾け飛び、大量の因子を使って山よりも巨大な姿へと変貌させた。
「ぎゃああああ!白髪鬼だ!白髪鬼が出た!!」
その姿は一部の村人のトラウマであるらしく、みっともなく喚き散らし始めるがそんなことは知らない。
「やっちゃえ!!」
そんなマリーベルの声が聞こえたわけではないだろうが、巨大スレイがモグラに覆いかぶさるように倒れ込む。ただそれだけで、ぷちっ、と小虫を踏み潰すような気安さで、残っていたミミズを諸共にモグラは潰れた。
それを見届けてから、スレイは意識を手放した。
🧪
目を開けると、すごく近くにマリーベルの顔があった。
「あ、起きた?」
「…うん」
「まだ寝てたほうがいいよ」
どうやら自分は奇跡的に原型を留めていたベッドに寝かられていたらしい。全裸で。辛うじてボロボロのシーツが巻きつけられているだけだ。
体を起こすと、村の人たちが忙しく走り回っているのが見えた。
「ありがとね、スレイ。みんなを助けてくれて」
「お礼を言われるようなことじゃないよ」
「それでも、ありがとう」
ずっとそばでスレイを見てきたマリーベルは、彼が村の人たちのことを必ずしも良く思っていないことを知っている。だから、今回のスレイの行動がたまらなく嬉しかった。
何となしに眺めていると、それに気づいた大賢者がフラフラと二人に近づいてくる。
「やれやれ、村の連中ときたらこんな老人を休む間なしに働かせよってからに」
「身から出た錆ではないですか」
「だからこうして頑張っておるのじゃろうが!お主も、よくやった。助かった」
「反省しているなら、今度からは無茶なことはしないでくださいね」
「善処する」
それだけ言って、大賢者もまた作業に戻っていく。
「ミミズがね、土を耕してくれたおかげでだいぶ作業が捗ってるんだって。結果的に誰も怪我しなかったし、大賢者様が頑張って手伝う、ってことで今回は手打ちになったよ」
「そうなんだ」
困ったな。
会話が続かない。
「…こんなに騒がしいのは、久しぶりだ」
「そうだねえ」
悪い気はしなかった。
「いつかスレイの体質が治ったら、いつもの光景になるよ」
「治るかな?」
「大賢者様が手伝ってくれるよ、きっと」
マリーベルが立ち上がって、スレイの横に腰を下ろした。
もうすっかり夕方だ。
周りは喧しいのに、自分たちの周りだけ時間が止まったみたいに感じる。
こつん、と肩にマリーベルの頬が触れる。
目が合った。
二人の顔が赤いのは夕日のせいなのか、それとも…
「ねえ、ちゅーする?ベル姉ちゃんちゅーする?」
「ばっか、二人はフーフだぞ!もっとすごいことするぞ!」
いつの間にか、ベッドの脇から村の子どもたちの小さな顔が2つ覗いていた。
「ち、ちゅー!!?」
恥ずかしさに耐えかねたスレイの顔がぼふっ、と小さく煙をあげる。魔法の暴発によるものだけど、魔法の因子が最小限しか残っていなかったせいでカスみたいな威力だった。それが、初めて見る子どもたちにはとても面白いものに映ったらしい。
「うわー!りあじゅうがバクハツした!!」
子どもたちの笑い声を聞き、子供はやっぱりたくさんほしいな、なんて考えなら、スレイは愛しい人の腕に抱かれて意識を手放したのだった。
おしまい。
爆殺する彼女と爆発する僕 幌雨 @lord_hollow
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