おまけ

「美冬ちゃんは器用ね。この間の折り鶴シャワー、外国のお客様に大好評だったよ。また弊社うちと取引したいって」

「本当ですか? ありがとうございます」

 社会人2年目の、梅雨時期。

 美冬はハンドメイドで鍛えられた腕前を見込まれ、会社で重宝されている。雑用みたいな仕事だかりだが、今度、買い付けのためにハノイに同行させてもらえることになった。

「美冬ちゃん、タオルとドライヤー、あったよね?」

「はい、ありますけど」

 外回りから戻ってきた先輩を見て、美冬は絶句してしまった。先輩は、シャワーを浴びたようにびしょ濡れだ。今日は梅雨の晴れ間だと気象情報で言われていたのに。

「外、スコールみたいな雨なの。私よりもっと酷い人がいて、可哀想になって連れてきちゃった。話を聞いたら、出張で長崎から来て、これからお客様に会うみたい。まだ時間があるらしいから、雨宿りがてら休ませてあげて」

 お人好しの先輩らしい、と美冬は思った。すぐに備品のタオルとドライヤーを準備し、その人がいる応接室に行く。ついでに、冷たい麦茶も淹れて。

 応接室の床には新聞紙が敷かれ、その上に荷物が投げ出されていた。びしょ濡れの鞄からのぞく書類も、ふちが濡れている。文庫本の『午後の曳航』はジップつきのビニール袋で保護されているが、ビニール袋自体はしたたり落ちそうなほど水滴が溜まっていた。

 美冬はローテーブルに麦茶を置き、隣のスマートフォンに目をやった。ハンドメイドのチャームがついている。ブラックベースにラメとパールをあしらわれている。

 ずぶ濡れのスーツを脱ぎ捨てた男性は、引き締まった体を隠すようなこともせず、麦茶のグラスを手にする。

 美冬は思わず、低い声を発してしまった。

「あんた、何か着ろよ!」



 【「雪を溶く熱 ――わだかまりは雪のように積もり、雪のように溶けて――」完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪を溶く熱 ――わだかまりは雪のように積もり、雪のように溶けて―― 紺藤 香純 @21109123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ