第13話 決着
総司と弥三郎、ふたりはいま、ぎりぎりの間合いを置いて対峙している。あたりは暗いのに、目だけがあやしく光っていた。
「沖田先生。どうか、最後まで聞いてください。私は、この女の操り人形でした。女を愛していたので、結託して協力を惜しまなかった。宇喜多さんに斬りかかったのは女でしたが、止めを刺したのは、控えていた私。同志の私に斬られるなどと、最期まで宇喜多さんは露も感じていなかったようでした」
「女の、人相書が回っていたのは知っていたのか。背の高い優男。女に少し似ていたが」
「はい。女本人から、見せてもらいました。副長から嫌疑をかけられていることも。ことは早急に運ぶべきと判断した私たちは、今夜、先生をおびき寄せたのです」
なにも気がついていなかったのは、総司だけだった。皆、それぞれの思惑の中で、先手を取るために行動していたのだ。
「御覧になったように、女は左利きです。私は右利きですが、左も使える自信があります。幼いころから、護身に役立つだろうからと、この女と共に剣術の稽古しているうちに、自然とそうなったもので。先生、申し訳ありません。同郷の誼って、切れないものですね。先生も、そうでしょう。私は日々、女のために、沖田先生の弱点を探っていた。先生が左利きだと気がついたのも、身近に控えていたからこそです。しかし、憤る女を止めて、私が先に斬り込むべきだった」
総司は悲しい目色で弥三郎を見た。残された道はひとつしかない。
「わたしの秘密を知って、生き延びている敵はありませんよ」
「もとより、覚悟の上です。私たちは、沖田先生を倒すために、一服盛りました。先生の眠り薬を、酒に混ぜました。どうです、ひどく眠いでしょう。いや、もう醒めてしまいましたか。もっと薬の量を多くすればよかった。刀での勝負などに拘泥しないで、薬屋の息子の私は薬屋の知識で始末できたのに。完敗でした。左を使うという秘密を知っても、封印することはできなかった。先生は剣の申し子です」
すでに、弥三郎は生きることを諦めているらしかった。逃げるような素振りは、微塵もない。このままおめおめと帰陣しても、隊規違反で切腹が待っているだけ。
それならば、苦しませないで終わらせるのが、上役である総司の役目。残念だが、せめてもの情け。不思議と、弥三郎の手で抹殺されそうになったことへの怒りはない。
総司も覚悟した。滑らないよう、足場を踏み直す。
薄雲に隠れていた月が出てきて、あたりがほの明るくなった。隈なく照らされる前に、勝負をつけておきたい。斬り合いの果てた現場の光景は、いつもむなしい。
静かに、しかし流れるように素早く、左手で刀を抜き、右手を添え、総司得意の三段突きで仕留める。
喉。
胸。
腹。
弥三郎の生の重みを、ぐっと刀に受けながら、ゆっくりと引き抜く。刀に付着した血をびゅっと薙ぎ払い、鞘に収める。
斬られて血が流れたことに対し、痛みよりも先に驚いている様子だった。力なく立っていた弥三郎の身体は、がくりと膝を折り、総司の計算どおり女の屍の上にばたりと倒れた。弥三郎は懸命によろよろと腕を伸ばし、女の手のひらを握ると、満足そうに目を閉じて、動かなくなった。
総司は深く息をついた。これでいい、と。
しかし、弥三郎の懐から、ころころと転がる小さなものがあった。なにかに当たって、やがて止まった。
大きな血だまりにふたつ、なにかが浮いている。
月明かりに照らされたそれをよく見れば、例の、恋愛成就のお守りだった。
総司が渡した弥三郎のお守りと、もうひとつ同じもの。
もうひとつは、まさか。
血の海に漂ってはいるが、そのお守りは新しい。瑠璃が言っていた甘味屋の常連のお客とは、この女のことだったのか? 女は確かに甘味屋のことを知っていた。
今さらながら、総司は身震いを感じ、たじろいだ。つつ、と背中に冷や汗が流れる。女と弥三郎の命を奪うことに、なんのためらいも持たなかった、自分が。
瑠璃が、気にかけていた者を殺めたのか。まさか、瑠璃には問えない。言えば、女を手にかけたことが彼女に知れてしまう。
いや、女は個人的にあのお守りを持っていたという、まったくの偶然ということもあるが、確かめる術はもう、ない。このお守りはどこかに捨ててしまおう。総司は血に浮いたふたつを拾い上げた。血を吸ったせいか、ひどく重かった。
こうなってはせめて、女が弥三郎を心から愛していたと願うのみ。
心やさしい瑠璃の思いを、踏みにじったかもしれないと思うだけで、総司の全身には急に怯えが走り、片恋を続ける権利が消え果てたと諦観した。
自分は、策をめぐらす土方よりも、数段ひどい男だった。先に襲われたからとはいえ、人を殺めて平然としていた。しかも、部下とその女を。ほかに方法はなかったのだろうか。総司の心は暗く塞いだ。はじめて、人を斬ることに疑念を感じた。
真に、瑠璃にふさわしくないのは、自分だった。
ああ。早く、休みたい。
もう、なにも考えたくない。
あたりに立ち込めてきた血の匂いに麻痺してきた総司は、本陣に向かって一度も後ろを振り返らずに歩き出した。
総司の罪を追い立てるように、いつまでも明るい月がついてきた。
(了)
ためらいもなく、総司は fujimiya(藤宮彩貴) @fujimiya
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