第3話 カレードリア

「芯の通ったヤツが自分の夢のために他人に迷惑かけるのって、一番タチ悪いのよね。」

彼女はドリアの皿の底にこびりついた"おこげ"を退屈そうにスプーンでつつきながら、ため息をついた。


彼女はいつも退屈そうにしていた。

しかし、その退屈を楽しむ術を知り尽くしていた。

着る服も、採る食事も、出かける先も、彼女のとる選択肢は常に最適解であった。


テラスから流れこんだぬるい風が、人工の風に冷やされた私の腕に心地よく絡みつく。

運ばれてきたカレードリアの中心には、温泉卵が添えられていた。

艶やかな白い曲面にスプーンを差し込むと、鮮やかな黄色がドロリと流れ出し、熱せられた皿の縁でじゅうと音を立てた。


食後のコーヒーがほどよく冷めるのを待っていると、視界の隅でスマートフォンの画面が点いた。

ニュースサイトからの通知だ。

若手女優が独立を発表したらしい。


長年連れ添ったマネージャーが亡くなってしまい、思い出のたくさんある今の事務所にいるのは辛いから、だそうだ。

店の隅に置かれたテレビから流れるワイドショーでは、神妙な顔をした司会者が、感情に任せて独立を決意してしまった女優の行く末を案じていた。


その女優の開いた会見は非常にドラマティックなものであったようだ。

震える声で、しかし毅然とした態度で未来を語り、最後には顔を伏せて足早に退場したその姿は、大衆を都合よく煽動するには充分だったであろう。


流石だな、と思う。

先ほど電話口で耳にした声と、会見の映像から聞こえた声は確実に同じものであるはずなのに、何か根本的なものが異なるように感じられた。

どちらが本物で、どちらが偽物なのか、もはやこの女優自身にも分からなくなっているのかもしれない。


気づくとコーヒーはすっかり冷え切っていた。

妖艶に立ち昇っていた湯気は消え、芳醇な香りも初めから無かったかのようだ。

少し落胆しながら口をつけると、強すぎる酸味に自然と顔が強張った。


息を止め、カップに入った7割ほどを飲んだあと、私はウェイターに同じコーヒーを注文した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ホットサンド @Jing1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ