寝てる暇なんてないよ
自分の能力に無自覚な存在は、ひたすらに迷惑なだけだ。
制御されない力と獣との間に、いったいどんな違いがあるのだろう?
さて。
ここに、一匹の獅子がいる。永いこと檻の中で飼い馴られてしまって、すっかり狩りの仕方を忘却してしまった情けない獅子だ。
アンの今、為すべきことは、その獅子の目を覚まさせることにほかならない。
なにせその獅子にはもう、帰る場所などないのだから。
◇◇◇
6月30日未明のことである。空がうっすらと青色に染まってきた頃。
「惰眠はそこまで。これから先、寝てる暇なんてないよ」
座敷童の腹を勢いよく踏んづけて、アンは言った。
「――ッ!? あっ、が……っ……うう…………」
悶絶する座敷童。小さな身体を丸める彼女から布団を剥ぎ取って、その一糸纏わぬ裸体をあらわにする。
「はやく服着て。時間がないんだから」
「…………じ、時間? なんじゃァ、それは……」
「修行先のアテさえあればやるって言ってたよね。私がアテを見つけたから、これから行くんだよ。修行場所に」
「はァ……?」
◇◇◇
アンが座敷童を連れて車で向かったのは、京都の市街地から離れた山奥に位置する寺院だった。神仏習合が進行しているらしく、入口には鳥居も建っている。
「ようこそおいでくださった」
二人を出迎えたのはいかつい顔立ちの僧侶だった。
「あの……ここは? というか京都旅行は……?」
「誰も君はここで修行です。裏天皇様に言われたことをできるようになったら、京都旅行に参加してもいいよ」
「は……? それは……つまり?」
「修行」
座敷童は肩を落とした。しかしアンは知っている。彼女はこういうオーバーなリアクションで他人に忖度させようとするきらいがあることを。
だからアンは無視して、僧侶に挨拶をした。
「これから宜しくお願いいたします。この人、かなり頑丈なので大抵のことは平気だと思いますので、どうか遠慮なくしごいてやって下さい」
「うむ。弛んだ者を更生させるのは慣れたものだ。どんと任せてくれたまえ」
自信満々に胸を張る僧侶にアンは小声で問う。
「念のために伺いますが、修行の目的については……」
「例の動画ならば拝見した」
僧侶の答えに、アンは頭を下げた。
「どうやら、出過ぎた真似だったようですね」
「いやなに。コトがコトだ。今回の件に乗じてよからぬことを起こそうとする者が現れてもおかしくはないのでな。我らのことも、完全に信用せよと言うほうが無茶であろう」
「寛大な御心に感謝します」
「うむ」
うなずくと同時、目にも止まらぬ速さで僧侶は座敷童を肩に担いだ。
「では、こちらは当方で預らせていただこう」
「最悪でも6日までにはなんとか、修行を終わらせていただきたいです。やればできる子なので、彼女。なんとかやる気を引き出して下さい」
「清々しい丸投げっぷりであるが承知した。ではまた」
「ええ。何卒」
僧侶は座敷童を肩に担いだまま境内の奥へと歩いてゆく。座敷童は多少抵抗してみせたが、それも無駄と分かると、顔を上げてアンに目線を投げかける。
――ワシ、どうなるんじゃ?
アンは目を伏せることで答えとした。
――もう知ってるでしょ。
そのまま、アンは座敷童に背を向け、寺を出る。
座敷童の悲鳴が聞こえた気がした。
自称幼女のつれづれなる日々は失われました 砂塔ろうか @musmusbi
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