これからどーするんですか
御堂鉄みすずは途方に暮れていた。
家が消失した。家族も使用人も行方不明。それは悲しいし辛い。今は実感がないけれど、京都から帰ってしまえば否が応にもその現実と直面せざるを得ない。そうなれば、涙だって流れるだろう。
うん。それはいい。良くないけれど、仕方ないのだから。
座敷童さんに不思議な力があると判明した。というか座敷童さんは座敷童子じゃなかった。
それもいい。良くはないけれど、千年以上生きる妖怪だ。そういうこともあるだろう。
座敷童さんの友人のアンさんはよく分からないけど暗躍していたらしい。
それも、まあいいだろう。アンさんはそういうことしそうな雰囲気してるし。
裏天皇様に会った。画面越しで見る以上にイケメンだった。
クラスの小野寺さんに話したら絶対羨しがられるなあ。
……うん。
なんかさ、ここ数日で色々起こり過ぎじゃないかな。
御堂鉄みすずは途方に暮れていた。心の整理が追いつかなかったのだ。
◇◇◇
「……で、これからどーするんですか」
6月29日。夜。裏天皇の用意したホテルの一室で、みすずは言った。
「とりあえずは、裏天皇様の言いつけを守るべきじゃないかな」
みすずの視線の先で、椅子に脚を組んで座ったアンが言う。横目に和服姿の少女、座敷童を見ながら。
「で、どーすればいいんじゃ?」
座敷童子はベッドの上で一人、スマホをいじっていた。ゲームをしているらしい。
「修行すればいいと思うよ」
アンが言うと、座敷童はけだるげに応じた。
「そーじゃなー。修行のアテがあればとっくにそうしとるところじゃわい」
「ホントにそう思ってますか?」
みすずがむっとして訊くと、座敷童はスマホをぽす、と脇に置いて、
「お嬢様よ。ワシは今しがた、アイデンティティが打ち砕かれたばかりなのじゃ……察しろとまでは言わぬが、どうか無気力になったワシを許してほしい……」
そう言われてしまうと、みすずは弱い。追及する気にもなれず、ばつの悪そうな表情をする。
「――ま、そうだね。それじゃあとりあえずは京都旅行でもしよっか」
どこかに連絡をとっていたアンはスマホを仕舞うと、みすずにそう言った。
「京都旅行か! それはいいな!」
喜び、身を起こしたのは座敷童だ。
「天満宮……金閣銀閣……伏見稲荷……ああ、舞妓体験なんかもやってみたいのう……陰陽師コスプレもしてみたかったんじゃ……」
「千年以上も生きていながら、この人はいったい何を言ってるんだろう……」
そんな旅行なんて言われても……。
「みすずちゃん。思ってることと言ってることが逆になってるよ」
みすずは咳払いして、何事もなかったかのように言う。
「旅行とか言われても、そんな楽しめるテンションになれませんよ」
「まあまあ。こんな時だからこそ、だよ」
アンは立ち上がって、みすずの手を取る。そしてそっと、包み込むように握った。
「みすずちゃんはきっと、色々ありすぎて余裕が持てずにいるんだ。それじゃあ、答えの出るものも出てこない。……だから、何も考えずに京都旅行でも楽しむべきだと思うよ」
「そう、ですかね……」
みすずにとってアンは「不思議な人」だった。
怪しいとか怖いとかそういう形容ではなく、不思議という言葉で表現される存在だった。
この人といると、なんだか安心する。けれど一方で、どこかふわふわとして、自分が普段の自分とは違うようになってしまう感覚がある。
握られる手の温度はあたたかくて、悪い人とは思えない。
けれど彼女がしていることの是非を問われると、きっと自分は非だと思う。
そんな不一致さがある。
だからだろうか、
「……あの、アンさん」
「どうしたの?」
「それじゃあ、行き先はアンさんが決めてください」
ひとまず明日からのことは、アンに委ねることにした。
――ああ、言ってしまった。
心臓の音が煩い。顔が赤くなるのを感じる。
理由は分からない。けれどきっと、この人のせいだ。
座敷童の不満の声がする。でもそれは今、どこか遠くから響くもので、
「いいよ」
アンの言葉だけが近い。
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