第41話 ***終幕***

***終幕***


 舞台が暗くなり、カーテンが下りて来る。

 客席の反応は、みんなポカーンとしているままだ。そりゃそうだ。喜劇の上に、最後のラストはガールズラブだ。でも俺の心はすっきり透き通っている。


 そして沈黙の中、一人の女性が立ち上がり拍手をしてくれた。大原先生だ。

 まあ最近、うちの薬局で崩れたホルモンバランスの治療に来ている大原先生なら、ドーパミンが過剰に分泌されているからこんな芝居でも感動するか?

 ところが、観客席ではその拍手をきっかけに、拍手と歓声が沸き上がり、その拍手に迎えられ、俺たちはカーテンコールに立った。

 その途端、観客は総立ちで俺たちを迎えてくれて、俺たちは手を振りながらそれに応え、自己紹介をした後、俺たちが舞台の影に引っ込んでも、拍手は鳴り響いていた。


 すでに俺たち演劇部の周りは、達成感に酔ったベータエンドルフィンのバレリーナが舞い、その舞台をドーパミンのキャピキャピギャルが盛り上げている。

 これは、俺たちは、演劇中毒者になること間違いない。


 俺たちは、舞台裏の狭い通路を興奮しながら舞台裏の出口に向かう。いつの間にか、葵や藤萌そして紫恋が俺の後ろから付いて来ていた。そして、驚いたように一言。

「「「光輝(くん)、その肩に乗っているのは何なの!!!」」」

「はっ、肩に乗ってるって、ギフトじゃないか……。えーっ、お前ら、ギフトが見えるのか?」

「ギフトってその肩に乗っている可愛い妖精さんみたいなもの?」

(初めまして、みなさん。私はホルモンの女王、ギフトと申します。みなさんが服用しているホルモンブレンドの真の製作者です)

 ギフトの声が聞こえる。でも、これは葵や藤萌そして紫恋に向けて話しているよな。ということは、この三人は、ギフトの姿も声も聞こえるということか?

 俺の疑問はすぐに解決した。

(あなたがホルモンの女王?)

(それでホルモンブレンドの真の製作者?)

(どうして、あなたが光輝の肩にいるのよ?)

 葵、藤萌、紫恋の声が頭の中に響く。どうやら、ギフトを通して、俺と三人の間でもテレパシーが使えるようになったようなのだ。

(私はホルモンの乱れにより、ホルモンを活性化させるエキスが実体化した者です。そして光輝様は私の姿が見え、私の思いを実現しようとしてくれるお方なのです。ギフトは光輝様から頂いた名前。光輝様は自分のベストハーフを求めながら、世界中のホルモンの危機、如(し)いては人類の危機を救ってくださる資質をお持ちなんです)

(((光輝(くん)が、人類を救う?!)))

(そうです。あなたたちは光輝様と気持ちが通じ合い、人類を救うためホルモンを正しく使うことができる人たちです)

(ギフト、言ってる意味がよく分からないんだけど……?)

 俺は、思わず会話に割り込んだ。

(光輝様、私は光輝様のベストハーフを見つけるための試金石なのです。光輝様を教え導き、私を救ってくれるお方を見つけるための……。そんなお方が三人も)

 ギフトは俺のベストハーフの試金石? その試金石であるギフトが見えるのが三人もいるなんて……、思わず立ち止まって、振り返ろうとした。

「「「光輝(くん)、立ち止まらないで!」」」

 そう言うと、三人は、後ろから俺の背中を舞台裏の出口へと押していくのだ。



 あれから、一〇年が過ぎた。

 俺は、無事に大学の薬学部を卒業して、実家の家業を継ぎ薬屋をやっている。さらに、五条化粧品を立ち上げ、万人むけのホルモンブレンドを開発し、マスターピース(最高傑作)と名付けてネットで販売を始めた。

 販売と同時に、斬新なホルモンの擬人化CM(俺が出会ってきたギフトが視覚化した妖精をモチーフにしている)などで注目を浴び、使用者の口コミでも評判になり、楽カリで大ヒット商品となっている。あれから俺も精進して、女性の美しさのために日夜研究を続けているわけだ。

 ところで、葵、藤萌そして紫恋は、今どうしているかというと、三人とも五条化粧品で働いている。

光り輝く美しさと正面突破力を武器に、葵は海外開発部長として、需要が増えた薬草や漢方の買い付けのため、検閲を初めとする行政相手に果敢に渡り合い海外を飛び回っている。

 そして、藤萌は、その蠱惑的な美貌と積極果敢な行動力を武器に、営業部長として既得権を振りかざすマスコミ相手に奮闘し、斬新なアイデアを次々と打ち出し、今やマスコミから女帝と恐れられている。

 最後、紫恋は、すべてを抱擁するような美しさと和を尊重する穏やかな性格で、総務部長として、二人で競い合って衝突する葵と藤萌を上手く協力させ、社内でのマンパワーを二倍にも三倍にも引きだしている。


 あの光源氏の演劇のラストに、俺は未だに結論を出していない。ギフトに言わせれば、俺が三人を選び、三人はそのことに納得しているらしい。そして選ばれるのに相応しいホルモンと俺の理解者なのだそうだ。

俺は、この三人の友情に付け込んでいるようで少し心が痛んでいる。

しかし、ギフトの望みはこの三人の夢にもなっている。

それに、美しく咲かせた花なら末永く愛(め)でていたいのが、俺の本心でもある。

四〇歳を超えたら高齢出産って、誰が決めたんだ?

 まあ、いずれマスターピースの使用者や関係者は、葵や藤萌や紫恋が四〇歳や五〇歳になっても、その美しさや若さが衰えることなく続いていることに、驚愕することになるだろう。

 俺はその未来を確信している。ホルモンバランスが崩れる中高年になった時こそが、ホルモンブレンドの真骨頂なのだから。

そう考えると、四〇歳を過ぎてから、愛する人一筋で本気で恋愛するのも悪くない。それまでは、全世界の女性の心身共に美しくなる手伝いをしたい。そう思える今日この頃なんだ。



**完**


あとがき

 ここまで読んで頂きありがとうございました。

 流行りの擬人化に乗ろうとして、思い付いたのがホルモンを擬人化するということでした。最初は脳内の現象を働く細胞みたいにしようとしたのですが、何せ、脳内で完結しないのが、ホルモンが引き起こす恋愛なわけで……。

――書けない――

結局 ホルモンに特化した目新しさだけになってしまった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋愛脳のメカニズムを知らないで、やれツンデレだとかやれヤンデレだとかやれ幼馴染だとか騒ぐラノベ作家やエロゲー作家は、一度ホルモンの女王に謝った方が良い 天津 虹 @yfa22359

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ