語らない人

はなのまつり

語らない人


私の中にある「お父さん」の記憶は朧気おぼろげで、はっきりしたものが正直ない。


あるとすれば、紫煙しえんをくぐらせ、古びたブラウン管テレビをただ眺めている。そんな姿だ。


食卓についたからといって、旨い不味いの言葉もなく、ただ食料としてのそれを咀嚼そしゃくし飲み込む。


母がいくら語りかけても頷くだけで、心ここにあらずといった様子。


なにも言葉を発さないロボットのような人だと、子供心に感じていた。


私がいくら話かけても返事もくれない。きっと嫌いなのだろう、そう思っていた。


確かに不便な事は多々あった。


けれど母が快活に父のことを色々話してくれるおかげで、私は彼の事をおおよそ知る事ができた。



そんなあるとき、父の訃報を受けとった。


田舎ながら立派な仏壇の前、急すぎる死に、なにを伝えるべきかも分からないまま、私は手を合わせる。


お勝手から、母のすすり泣く声が静かに響く。



母が落ち着いた頃、父の遺品を整理する彼女に伴だって、一度も入る事のなかった彼の部屋に入った。


入って最初に感じた事は「黄ばんでいる」だった。


壁は黄ばみ、掃除も行き届いていないその部屋。


物をどかせばそれをかたどるように汚れていて、こんなに汚れるほど吸っていれば、そりゃ身体も壊す、そう思った。



片付けもある程度進み一段落といったとき、あるブリキの箱が目にとまる。


クッキーの絵で彩られたそれを母が、大事そうに開ける。


そこには子供の頃に撮ったであろう、私の写真が沢山入っていた。


それを手に母は呟く。




「お父さん……。大好きなあの子には会えましたか?」


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