あと二時間でワンチャン

@tarky_science

第1話

彼は疲れていた。

急な出張で見知らぬ土地に行き、

その最中に通り雨に降られた。そのおかげで電車は遅延、道を歩けば車がはねた水がかかり、浅いと思った水たまりは思った以上の深さで、靴下が濡れて不快だ。

水難の相でもでていたのかな。

彼は元来、あまり物事を深く考える性格ではなかった。

しかし、今日に限っては流石に運がないと思った。

軽く居酒屋でも物色しようかと思っていたが、

先に着替えてしまわないことには風邪をひきかねない。

そんなわけで彼は早めにホテルにチェックインすることにした。

このホテル、実は曰くがある、らしい。

正確には今夜泊まる予定の部屋に問題があるのだ。

予約の電話をした時に妙に念を押されたのだ。

どうも過去に特殊清掃が入ったらしい。

その霊が悪さをする、らしい。

しかし彼はそういうことには頓着しない気質だった。

清掃が入って綺麗になっているのならばそれで十分だ。幽霊だなんだというのは生まれてこの方見えたことがない。ならばそれでいいじゃないか。


と、思っていたのだが実際に目の当たりにすると考えを変えざるを得なかった。

ホテルのフロントで鍵を受け取り、部屋のシャワーを浴びている時に浴槽に見えるものがあった。

赤子だ。

まさか、そう思った。幽霊は実在したのか。

だがそこに居るだけなら、別に害は無い。害がないならそれでいいじゃないか。

そして、シャワーを終えて身体を拭いている時に、幼児が彼を指さしていた。

かわいらしく丸々とした頬と対照的に光のない瞳が印象的だった。

霊は徐々にその姿を変えていった。

彼がテレビを見て寛いでいた時には小学生くらいの子供と目が合った。

子供は壁に立って、彼を見ていた。

その後も姿を変える度に美しく成長していくのが分かった。

霊は女性だった。

やがて肢体の起伏がハッキリとしていき、目の不気味さとあいまって一種の妖艶さを匂わせていた。

しかし、彼は実害がないから放置していた。

幽霊は本当にいるのだなぁ、と感心しながらベッドや横たわると彼の体は仰向けのまま固まってしまった。

そして彼の体に重みがかかる。

目をやると妖艶な女性が彼にまたがり、舌なめずりをしている。

女性が誘うように腰をこすりつける。

だが、しばらくすると女性は消えてしまった。

それと同時に彼の意識もまた薄れていった。

翌朝、ベッドの横に老婆が座っていた。

心なしか老婆は怒っているようだ。

やはり彼は気にせず部屋を出て、そのままホテル後にした。

帰宅途中の電車で彼は呟いた。

「せめてあと10歳若かったらな…」

彼はロリコンだった。

女性に跨がられたときも気分は全く昂ぶらなかった。

あと二時間遅くチェックインしていれば、丁度いい年齢の幽霊が跨がっていたのではないか。

そう思うと、彼はやはり昨日は運がなかったと思うのだった。

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