エピローグ

全て思い出した俺は後悔と懺悔ざんげの涙を流した。泣き疲れて眠ってしまうまで、妹は隣で俺の背中をさすってくれた。




次に目覚めたとき、俺は夏休みに入っていた。


まぶたを開けると母の心配そうな顔があった。彼女は俺の意識が戻ったことに気づくと、強く抱き締めて涙を流した。その日は夏休みに入ってから、七日後。七月三十日だった。


当然であるが、クロはもうこの世にいなかった。そして、妹も。



そう、あの終業式の日、俺は双子の妹を失った。

俺と妹は家の前でオレンジ色のトラックにはねられた。二トンの重量の直撃を受けた彼女は上半身を吹き飛ばされ、そのまま五百メートル引きられて即死した。


半身ずれてかれた俺は脳に深いダメージを負い、ICUに運ばれたが昏睡状態になった。


母はあまりにせい惨な現場を見たためか、そう神して抜けがらのようになり、しばらくして気を失ったらしい。彼女が目覚めたのは、俺が目を覚ます一日前だった。寝ている間に何かがあったのか、正気を取り戻し、不眠不休で俺の容態を伺っていたという。


俺は、母に謝辞を述べた。

「ごめんなさい、心配をかけた」

そう言うと母は俺の肩を優しく抱き、

「いいの、生きていてくれただけで本当によかった。本当に」

と言って大粒の涙を流した。





母は、妹は、ずっと心配していた。

忘れもしない、クロがこの世からいなくなった、六月十二日。その日から、俺はみるみる憔悴しょうすいし、心のバランスを失っていった。


母と妹は、俺の日々おかしくなる言動に根気強くずっと調子を合わせ、心の傷に触れないよう優しく気を遣ってくれていた。


彼女たちは、ときに俺が俺に向けた呪詛の言葉を書き連ねた日記を隠した。ときに壁中に貼った呪いの言葉を黙って剥がした。



そして、七月二十二日。

妹の死に俺は耐えられなかった。

故に、拒否した。


ループの中で、彼女を妹ではなく幼なじみにしたのは、恐らくそう勘違いしないと脳が矛盾に耐えられなかったからだ。


以上がことの顛末てん  だ。






あれから十二年経った。




俺は二十歳になる年に性転換手術を行い、肉体的にも男になった。その間、クロと妹に助けられた恩義を返すため、死に物狂いで勉強し、一流大学の物理学科に進んだ。


大学院の博士課程のテーマは「磁覚」だ。あのとき、クロや妹や道ゆく人々に見えたあのモヤを、いつか解き明かしたいと考えている。


今わかっていること。それは睡眠時、特にレム睡眠時に磁波に対する脳の反応が大きくなること。


また、睡眠時に磁波を浴びせると、時に被験者から興味深い証言が得られる。


いわく、夢の中に出てくる人たちから不思議な蒸気のようなものが見えた、夢の中の自分から白い蒸気が立ち上っていた。中空から見下ろす自分の体が霧散し、蒸気のようになって同化した。彼らの証言は様々だ。



そして、忘れられない夏の日から、実は俺にも大きな変化があった。



あの時からずっと、学校にいる時も、旅行に行く時も、食事をする時も、時に辛くて部屋で泣いている時も。どこへ行っても、よく何かの視線を感じる。


それは、視界に入れようとすると驚いたように物陰に隠れる、四本足の黒いモヤ。カギのようなしっぽがわずかに揺れる。その影はこの世のものではない、俺にしか見えない影。吹き出す黒いモヤはきっと、死者から発せられる磁波。



ただ、それに恐怖を感じることは、もう、なかった。



そう、願わくば、ずっと。


俺がシワシワのお爺ちゃんになってそちらに行くまで。



そばにいてね。クロ。

 

 



 黒に捧ぐ 了

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黒に捧ぐ 蓼原高 @kou_tatehara

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