第2話 第2話、ソラを泳ぐ

『解析完了。酸素濃度、二酸化炭素濃度はほぼほぼ地球と類似した成分であると判明しました』

「ほんと!?よかったぁ。じゃあよろしく!」


 通気孔から空気が送られてくる。

 宙海公用語が通じることは分かったけど、いつまでもポットに入っているわけにはいかない。怪我していないか心配だし、健康面の診断もしたいからとブルーホエールに色々試してもらってポット内の大気成分を解析してもらっていた。


 それにしても光の反射率とか音の反響率とか、よくそんなもので解析できるものだ。絶対に無理だとハナは腕を組んで頷く。何を隠そう、ハナのテストの成績は良くない。各惑星の構成物質の割合なんか覚える気もない。

 部屋の大気がまんべんなく行き渡ったと合図の音が鳴る。


 すぐに宇宙服を解除してダクトへと突っ込む。

 勿体ないけど、変な物質が付着していたら大変だから。ついでにいうと目の前にあるこのポットもすでに消毒が完了している。おかげでツルツルのツヤツヤだ。


「ところで、これ出られる?ボタンっぽいの無いけど」


 スクリーンなのか?にしてはあまりにも透明。もちろんアマノガワ銀河産の超高級な個人宇宙船にもこんな感じに透明なものはありはするけど、そういう場合どこかしらにベルトだとかを巻いているはず。しかし見当たらない。

 はっ!もしや脳内作動システム!?


「よいしょ」


 バコンとポットが割れた。そして消えた。

 ……まさかのクオーク構成のポット???ええ、いや構想としてはあるけど、実現まで凄い時間が掛かるって噂じゃ…。まさか本当にアンドロメダ銀河出身?いやでもそうしたら公用語通じないはず。


(まいっか)


 別にどうでもいいやそんなこと。


「怪我とかしてない?お腹すいてない?チョコレートあるよ?」

「ちょこれーと?」

「うん。んー、怪我はないみたいだね。ブルーホエール、どう?」

『解、問題ありません』

「そ?じゃあ行こっか。あ、えーと接触大丈夫?」

「せっしょく?」

「手を繋いだりとか、そーゆーの」

「て…」


 手を見つめる子供。


「だいじょうぶ」

「良かった。あ、私はハナ。君は?」

「くじら」

「クジラくん?」

「そうよばれてる」

「へぇー、いい名前だね!じゃあクジラくんよろしくね」


 クジラくんがアイスクリームを舐めている。タイタン産のチョコレートアイスクリームだ。見た目はおよそ10歳前後。性別は不明。体はほとんどが白で構成されていて、瞳だけ綺麗な水色をしていた。

 性別は不明だけど、この時代性別は特に問題ない。何せ7つもあるのだ。


 船は安全運行ラインに戻りシリウスに向けて運航中。


「なんであんなところで漂ってたの?事故とか?」


 事故ならば星間管制塔に連絡を入れて迷子として引き渡さないといけなくなる。


 クジラくんは違うと首を振った。


「ぼくはね、ちょっと居眠りしててはぐれちゃったの」

「え、それはまずくない?」


 ゆうなれば迷子って事じゃない。どちらにしても星間管制塔に引き渡しが決定。


「でも彼が居るところは分かるから、そこまでいけば大丈夫」

「彼って保護者?」

「うん」


 服以外に身に付けているもの無いけれど、連絡を取る手段があるのなら心強い。良かった。レトリーバー天国が遠ざかるところだった。


「それで、その彼はどこら辺に居るの?」

「あっち」


 クジラくんが指差す先はシリウス。


「うっそ!行き先同じじゃん!よしよし、おねーさんが送り届けてしんぜよう!」


 耳をパタパタさせてそう言うとクジラくんが釘付けになった。んふふふ、これやるとみんな見るのよねー。


「ありがとう、ハナおねーさん」

「ここはうわキタ。心にズギュンと突き刺さった。ねぇねぇねぇ、その保護者と連絡取れるんだよね?もし良かったらさ、シリウス観光案内してあげよっか?いいとこ知ってんだよねー。どーよ?どーよ?」


 クジラくんは目を輝かせて頷いた。


「うん!うん!ぼく観光したい!たくさんいろんなの見てみたい!」

「ほんと?じゃあ決まりだね!じゃあ早速だけど、これから中距離ジャンプをするから、そこら辺の椅子に腰かけて安全ベルト装着してくれるかな?ちょっと揺れるからさ」

「わかったよ!ハナおねーさん!」

「なんだこの沸き上がる感情。いいね、素晴らしいね。よーし!張り切るぞー!!」


 ソーラーパネルを折り畳み、即日ジャンプするためのすべての機能を起動。今回は黙視できる二光年内の範囲だから管制塔に確認を取らなくてもブルーホエールが管理をしてくれる。


「ふっふふー。いっくぞー!」


 ジャンプレバーを引き、いざシリウスへ!!







 三回の中距離ジャンプをこなし、壁のようなシリウスを眼前にしながら船を飛ばす。

 そろそろシリウスを中心にした文化圏だ。


「わぁ!壁みたい!白い!」

「でしょー!君を拾った所からも見えてたけど、ここまで来ると圧巻だよね!」


 モニター全てが全てシリウスで埋め尽くされている。その周りにはたくさんの人工衛星コロニーが漂ってる。


「これの正式名称がシリウスA。んでもって、あっちのちょっと赤身を帯びているのがシリウスBね、これテストに出るよ」


 実際に出たし、しかもAとBを間違えた苦い記憶も甦る。やれやれ、あれはとんだ引っ掛け問題だった。普通は赤い方がリーダーと思うじゃん。ねぇ。


「ん?どこ見てるの?」


 何もない空間を見てる。というか、例の浮遊惑星どこ行ったんだろう。

 もしかしてスイングバイバイしたのかな。それなら安心だけど。


「ねぇ、犬平気?」

「犬?」









「わああああああ!!!」


 わんわんわんわん!!わんわんわんわんわんわん!!

 クジラくんがレトリーバー種にもみくちゃにされてる。なにこれ最高。最高の絵柄なんだけど。

 バシャバシャと端末に搭載されているカメラで撮影しまくる。

 自分が犬にもみくちゃにされるのが思考と考えていたけど、子供がもみくちゃにされて笑っているのが一番刺さる。

 

「クジラくん。あっち見て」

「え、なに?わっなにこれ眩しい!」


 最近発見した発光するレトリーバー種もやってきた。


 ううむ、感情によって点滅が変わるのか。目には悪そうだけど、凄く可愛い。


「おねーさんんたすけてええ!!」

「ごめんあと五枚撮ってから助けるね!」


 結局100枚以上写真を撮ってからクジラくんを助けた。うっわぁ、服が唾液でベトベト。これは保護者さんにさすがに怒られるかなぁ。


「ううう、もふもふが押し寄せてきた…」

「ごめん。そのお詫びと言ってはなんだけどさ、新しい服買ってあげるからさ」

「服?いいの?」

「うん。元はといえば私がレトリーバーの群れに連れていっちゃったからでろでろになったんだしね」


 まさかあんなにも集られるとは思ってなかったのだ。

 いい写真も撮れたし、そのお詫びだ。


「どう?」

「わ!かわいいね!これ!」


 同じ施設内にある服屋で今流行りの服を買って着せてみた。もともと女の子なのか男の子なのかわからないくらい可愛いから凄く似合う。


「おねーさんは買わないの?」

「私はたくさんあるからねぇ。あ、じゃあさ、お揃いで何か買っちゃおうか。記念でさ」

「お揃いで!うわ!ぼく初めてだ!」

「そうなの?彼とはやらないの?」

「うん。いつもはあちこち行くけど、いつも見ているだけだったから」

「へぇー」


 訳アリなのかしら。


「お揃いでなら、ストラップとか、キーホルダーとかが適任よね。あ、あそことか良いんじゃない?」


 先ほどのレトリーバー天国の店先にいい感じのお店があった。

 早速そこに行って物色してみるとクジラくんは目をキラキラさせて選んでいた。


「それでいいの?」

「うん。これならさっきのふわふわに似てるから」

「言われてみれば」


 目の前に毛玉のキーホルダーを掲げる。一般的には『ウサギの尻尾』と呼ばれるものだけど、うん。見ようによってはレトリーバーの子犬に見えなくもない。


 それを二つ購入してお互いの腰のベルトに着けた。


「楽しいなぁ、生まれて初めてこんなに楽しい」

「大袈裟だよ」


 でもそう言ってもらえて嬉しいでもある。


「他にも行きたいところはある?保護者さんに許可が貰えたら可能な限り遊ぶよ?」

「うん、……あ」


 クジラくんは立ち止まり、ある方向を見た。


「ああー、ごめんね。もう時間切れみたい」


 保護者さんから連絡が来たのか。そうだよね、よくよく考えたら時刻はもう夜時間になってしまっていた。

 しかも迷子だったし、そろそろ保護者さんも心配だよね。


「そっか。じゃあ近くまで送ってあげる。何処にいけばいいの?」


 クジラくんはもじもじしつつ、ある方向を指差した。


「あっちの方向」








 再び宇宙船に乗り込み、クジラくんの示す方向へと発進させた。

 目指すはシリウス沿いの何もない空間。待ち合わせなのだろうか?


「楽しかったね、また遊べるかな?」

「また会えたら遊びたいよ。今日は凄く楽しかったから」


 お土産にと袋一杯におもちゃを持たせた。たくさんの幸せをありがとうございますという、いわゆる意思表示だ。


「またこの海域を通過できたらいいな…」


 袋を抱えてクジラくんが言う。


 減速ブースターを噴射した。ゆっくりと止まる。


「さて、着いたけど…。えーと、保護者さんはどこかしら?」

「来るよ。ほら、あそこ!」


 クジラくんの指差す方向を見て心底驚いた。

 こちらにやってきたのは浮遊惑星だった。え、どういうこと?保護者?


「ありがとうハナおねーさん。これ、ぼくからプレゼント」


 クジラくんが拳を伸ばしている。なんだろうと手を出すと、そこに虹色に輝く石が乗せられた。


「これでおねーさんが何処にいても絶対に隕石とかにぶつからないから安心してね」


 すう、と、クジラくんの体が薄くなり、次の瞬間には船外を映し出すモニターの方へと移動した。初めて会ったときにあったポットも一緒に。

 えっ?えっ?と頭が混乱しながらモニターに駆け寄ると、クジラくんはこちらを見ながら満面の笑みを浮かべて手を振った。


「楽しい思い出をありがとう!」


 そう言うとクジラくんは浮遊惑星の方へと飛んでいった。


 浮遊惑星がすぐ近くを通過していく。音のしない宇宙空間で唯一聞こえる波長がスピーカーで音となって船内に響く。まるでクジラの鳴き声のような音。浮遊惑星はゆっくりと泳ぐように通過し、宙海の中へと消えていった。












 メモリーに残されたのは何もない空間に群がるレトリーバー種。そう、クジラくんの姿が映ったものは何もなかった。カメラも、なんなら船内ビデオにも。


 唯一残されたのはお揃いで買った毛玉のキーホルダーだけ。

 携帯端末に表示されているのは、シリウス付近を彷徨いていた浮遊惑星の記事。そこに記載されていたのは浮遊惑星の名前、『ソラクジラ』。とても珍しいクジラみたいな音の波長を放つ星だった。


「だから、クジラだったのか」


 あの子は一体なんだったのだろう。幽霊なのか、それとも星が作り出した幻影か。


「まぁいいか。ふふ、またいつか会えたらいいな」


 キーホルダーをジャンプレバーに取り付け、ハナはハンドルを回す。

 目指すは太陽系、第二惑星金星。


「クジラくん。元気でね」


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空鯨と女子高生 古嶺こいし @furumine

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ