空鯨と女子高生
古嶺こいし
第1話 第1話、浮遊物体
「こちらブルーホエール。ブルーホエール。ポイント『マーズ』からポイント『シリウス』への長距離ジャンプを予定。どのエリアが空いているのか確認をお願いします」
『ガガ…、こちら宙海管制塔。ブルーホエール、確認いたします。しばらく時速30キロまで減速し待機していてください』
「りょーかいっと」
レバーを引き、減速用ガスを噴射すれば、船は減速していく。
「ととっ、ついでに充電もしておかなくちゃ。せっかく近くに太陽という名の素敵な恒星があるんだもん。節約節約」
ハンドルを回して姿勢制御装置を作動させて船を回転させる。レーダーが太陽の位置を確認し、太陽の方向に向かってソーラーパネルを展開させた。
画面上に充電マークが点るのを確認してから、管制塔からの応答をまった。
ここは太陽系第4惑星火星近くの宙海域だ。
ハナは故郷の金星が見えないかと画面越しに探したが、この時期はあいにく火星の近くにはいないらしい。その代わりといってはなんだが、青い惑星、地球が小さく確認できた。
アクビをしながら画面上に表示されている宇宙船の数を数えていた。視界状に見えるのは軽く数えて30機ほど。流石は都市集合地。遠くの点みたいなのも数えたら千いきそう。
今は宙歴2020年。地球歴換算では4239年、人類は故郷の地球からとうとう飛び出し手当たり次第に星にコロニーを築き上げて人間という種族を殖やしは星間飛行という宇宙船を用いてあちらこちらを浮遊している。
私ことシマブクロ・ハナ・ヴィネスもそんなしがない宇宙船でふらふらしている人間の一人だ。
出身は金星。金星の雲海コロニーで普通の女子学生をしていたのだが、長期休暇の時に一人で遊びに行きたいなと思い立って宇宙旅行を開始した。
ふらふら遊んだ後の最終目的地はシリウスにある犬の楽園と歌われるドグラ人工創造衛星だ。
宇宙中のありとあらゆる犬が集まり、犬好き達を癒している天国。
レトリーバー種が大好きなハナは大量のレトリーバー種に揉みくちゃにされたい欲求を満たしに──げふんげふん。じゃなく、学校の自発研究のための資料を集めるためにそのドグラ人工創造衛星を目指している。
最近では発光するレトリーバー種も発見されたようだが、ハナの目的は古代種の方だ。発光機能はいらない。目がいたい。と、眼鏡をかちゃりと指で上げた。
というか、なかなか連絡が来ないな。
渋滞しているの?
「んんー?あ、あらーー。なるほどそういうこと」
携帯端末でシリウス近くの情報を検索してみると、どうやらシリウス近くの居住星セリカ周辺に浮遊惑星がいるらしい。
浮遊惑星はどの重力圏にもとらわれずにふらふらしている変な星だ。
わりと大きい上に、ぶつかって来られてもとても困る迷惑な存在。その内近くの星を使ってスイングバイで加速して何処かに飛んでいくのだが、今回は運の悪いことにその浮遊惑星の予想進行方向と私の飛びたいエリアが被ってしまっていた。
こりゃ連絡が遅いわけだ。
万が一飛んだ先で事故ってみろ。管制塔はクレームの嵐だ。
「かといってずーーーっと待ちぼうけててもなぁ。時間はまってはくれないのヨー」
残念ながら学校は金星時間で動いておらず(金星の一日が地球(宙海基準)時間で247日だから)、地球時間で動いている。昔のようなウラシマ現象で起こる時間のずれを※トッカン原理で少なくしているとはいえ、やっぱり時間が勿体ない。
少し離れるけど仕方ないかぁ。
※【トッカン原理】 空間四方面を次元変更観測することによってねじ曲げ、ポイントからポイントに突き破って到達する為にウラシマ効果による時間のズレを一光年を一分にまで短縮することが可能になった技術。ただし莫大なエネルギーがいるので、一度使うとチャージ時間が必要になる。
「もしもーし!管制塔さん?こちらブルーホエール、ブルーホエール。応答を願います」
『ブルーホエール。こちら宙海管制塔。特定までまだ時間が掛かります、もうしばらくお待ちください』
「いえいえ、先ほどのはキャンセルします。代わりにポイント『マーズ』からポイント『プロキオン』までの遠距離ジャンプを予定したいのですが、大丈夫でしょうか?」
『ジャンプ予定地点の変更ですね。少々お待ちください』
プロキオンはシリウス近くの星だ。といっても5.24光年離れているから、そこから中距離ジャンプ。短距離ジャンプを繰り返してトッカンしていかないといけない。はぁ、何日掛かるのやら。
でもでも浮遊惑星も結構な期間居座る噂だから、こっちのが断然マシというもの!!
『確認完了いたしました』
「はやっ」
『ジャンプ可能エリアはfi22-A15-B36-C48ブロック内となります。射出装置を搭載してますか?』
「はーい、してます!」
『かしこまりました。それではカウントダウンを開始させていただきます。100...99...』
よし!久しぶりのジャンプだ。間違えないようにしないと。
管制塔から送られてきた位置情報を転送。セットオン。
「あ、やばいやばい」
慌ててソーラーパネルを閉じて船内に収納すると、船先を目的地であるプロキオンへと向けた。長距離ジャンプに備えての反重力装置を作動。各磁場遮断、保護装置を作動。タイマーオン。ブースター最大出力オーケー。
ハンドルを握って衝撃に備える。
「よーし!どんとこいやぁ!!」
目の前のモニターに表示されている数字が0になる。
「ゴーゴーゴー!!!」
ジャンプレバーを引いた瞬間、グニョンとモニター越しに見える風景が折り畳まれる。グニョングニョンとネジ曲がり、一光年ごとに折り重なり、その中心部が白く、そして真っ黒に変わった。来る。
船のブースターが一斉に火を噴き、激しい衝撃に襲われた。
連続でガラスに体当たりしてガラスをブチ破っているような感覚。実際には空間がねじれて伸ばされて、ゴムがちぎれるような感覚と教えられたけどこれは何度経験したってガラスだ。
「ぐっうううううーーっ!もうちょっとおおおお!!!」
最後の空間を突き破り、モニターが緊急停止の警報を表示すると同時に素早く減速ブースターを全力放出する。
光速から時速80キロまで何とか落とし、ようやく息を吐いた。
タイマーで時間のズレを確認をする。
「えーと、12分ちょうどと。次のチャージまで12時間かな。はーあ、浮遊惑星さえなかったら8分で到着できたのにな。ちぇー」
しかし浮遊惑星に文句をいったところでどうしようもない。
幸いにも太陽の光で充電は満タン。なんなら今目の前にあるプロキオンの光でも充電、そして光風で更に充電しながらのセール運転も可能だ。
「ふあぁー。少し寝てからにしよう。ブルーホエール。自動運転に切り換えて。速度このままでシリウス方向へ」
ポーンと機械音が返答するのを確認してから、大きく伸びをして寝室へと向かう。
「んーんんっんんー、るるるー」
冥王星産のキャンディーを舐めながら船を進ませる。ソーラーパネルを利用したセール運転も併用で行っているから次の中距離ジャンプは短くて済みそうだ。
※WtuB(ウィテューブ)から流れるお気に入りのアルバムをループさせながらアクセルを踏み込まない程度で足でリズムを取っていた。
※【WtuB】宙海領域内で使用されるネット配信動画、いわゆるYouTube的なもの。
ハンドルを微妙に切りながら、画面上に表示される案内経路を辿っていく。
自動操縦でも良いんだけど、こうやって自分で運転していくのが気分が上がる。それに、突然の小惑星やデブリを避けるのはやっぱり人間の手の方が体に負担が掛からない。
「ん!?んんーー!!??」
画面に謎の物体が横切って慌てて船を停止させた。結構な速度が出ていたもんで船が軽く一回転して警報がビービーけたたましく鳴っているけどそれどころじゃない。一瞬しか見えなかったけど、あれ子供じゃなかった!?
慌ててハンドル回して機体を反転させると画面越しに一瞬写ったであろう物体を探す。
「えーーと!ブルーホエール!!子供!!子供探して!!」
ブルーホエールAIシステムを呼び出すと、すぐに近くのスピーカーから音声で返答が返ってきた。
『応、ブルーホエールの観測域に人間の子供は観測できませんでした』
「嘘おっしゃい!!居たじゃん!!なに!?検索のしかたが悪いの!?んと、じゃあ人間の子供みたいな物体!!」
『解、“人間の子供みたいな物体”を観測できました。モニターに表示いたします』
ブンと音を立ててモニターに映る宙海の一ヶ所がズームアップされ、一瞬だけ見えた子供が映し出された。
子供は見たこともない透明な丸い入れ物に入って動かない。寝ているのか気絶しているのか。
「ねぇ、何あれ?緊急脱出ポット?」
『応、解析不能。使われている原材料の特定も出来ません』
「ええ、なにそれ。ということはアマノガワ銀河じゃなくてアンドロメダ銀河産ってこと?」
『……』
「はい無視ー!まぁ良いけどさ、あの子に目的地セットして」
『現在の目的地は『シリウス』になっております。変更しますか?』
「じゃなくて、“ついで”の方。はやくはやく、どっかとんでいっちゃう」
『了解いたしました』
シリウスに設定されていたターゲットマーカーの色違いが子供へと移行して固定された。これで一光年程の距離であれば見失うことはしない。
「っしゃああ!すぐにでも救出するよおおお!!はいよぉ、シルバーーー!!」
『応、ブルーホエールです』
ソーラーパネルを折り畳み、アクセルを踏み込んで子供の元へと急発進。あともう少しというところで警告音が鳴り響いた。
『警告、安全運行ラインを外れています。緊急運転モードに移行──「拒否ーーーッッ!!!!」
キャンセルボタンを拳で全力タップして子供目掛けて突っ走る。
「よいっしょおおおお!!!」
全力でブレーキを踏み込みつつ、子供に影響を与えない距離で回り込みつつ減速ブースターを噴射。ドリフト運行しながら減速すれば、あっという間に子供の乗った脱出ポットのすぐ真横に船を吐けることに成功した。
『怒、船に不具合が出る運行は禁止です』
「ごめんごめん」
モニターを見ると近くに磁場の乱れがあった。おっと、これは早くラインに戻った方がいいかも。
捕獲用の吸着アームをポットの方へと向けてゆっくりと接着。強度がどのくらいなのか分からないから慎重にクオーク硬度を計測し、それに見合った力で吸着した。
「収容ポット開いてーっと、よし」
すぐさま自動運転に切り換えて席を立つ。自動運転ならば勝手に安全運行ラインへと戻ってくれる。その間にあの子供を確認しなきゃ。
(生きていてくれよー)
何処かのスペースコロナでは※宙海遊葬なんてものがあると聞いた。基本的には花とかも一緒に容れるみたいだけど、もしそれだったら放出し直さなきゃならない。
※【宙海遊葬】生命の起源は宇宙であるという考えに基づき、命を消費し終えた入れ物(体)を宇宙に返して新たな星の誕生の手助けをするという葬式方法。別名、大循環葬。
すぐさま船外風徐室へと向かうとヘルメットを被り壁のスイッチを押して開いた穴に両手を突っ込んだ。引っ張り出した手には見えない膜が張り付いている。そのままブーツに履き替えると、筒状の装置に入ってTの字で待機。すぐさま壁から透明な保護フィルムが全身に張り付いて準備が完了した。
手首にはモニターベルトが巻かれている。よし、準備オッケー。
「ブルーホエール、通路を開いて」
目の前の扉が開くと足を踏み入れる。
ふわりと浮く体。ここは重力装置を作動させてない場所。壁に取り付けられている取っ手を掴んで扉の前に来ると、ゆっくりと空気が吸い出される。
宙海環境同調のサインが出ると、いよいよ収納ポットの扉が開かれた。
「おお、結構大きい」
2メートル近くある球体。ガラスのようでもあり、プラスチックのようでもあった。
透明度は高いから中が良く見える。花はない。けれど同時に食料もなにもない。
やっぱり棺桶なのだろうか。
「んー……、※Uv336-のヴィヴィ人だったら光合成って可能性もあるけど…」
残念ながら髪は緑じゃないし、肌も黒じゃない。それどころか真っ白だった。
「えー、白、白??※外縁公転惑星出身者??それとも純粋な※宙海人??」
※【Uv336-のヴィヴィ人】髪の毛や爪、瞳の細胞の葉緑体が進化し、恒星の光と水分のみで生存できるようになった人種。
※【外縁公転惑星出身者】恒星の恒星風(紫外線等)が弱い位置の出身者はメラニンの関係で色が薄くなる傾向がある。
※【宙海人】恒星の近くのコロニーでない、もしくは沐浴エリアがないコロニーはメラニンの関係で色が薄くなる傾向がある。
考えてみたが、もともとこのポット事態もアマノガワ銀河産か怪しいのだ。下手したら宙海公用語も出来るか分からないけど、何はともあれ生存確認が先。
ポットを軽く叩いてみた。コンコンコン。コンコンコン。
この音か振動に何らかの反応を示すことを祈りながら叩いていると、子供がもぞりと動いた。
(生きてる!)
すぐさま手のひらをポットに付けて音声を送信した。
「こんにちわ!大丈夫?起き上がれる?」
子供はゆっくりと体を起こしてこちらを見た。
そしてゆっくりと唇が『ここはどこ?』と言葉を紡いだのだった。
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