B面

 女子高生的魔女裁判というじゃれあいを終え、わたしは家路についていた。てくてくと住宅街を歩く。


 全く今日はとんでもない日だった。宇宙人にファンタジーにオカルトなんてもう十分間に合っている。何より翔太くんとつきあっていることを喋ってしまった。せっかく秘密にしていたのに。


 翔太くんに『つきあってること、さくらとひなたとつむぎに話しちゃった、ごめんね』というメッセージと謝罪する南蛮漬けのスタンプを送信する。翔太くんが怒るってことはないと思うけれど、もし嫌な気分にさせてしまったらどうしようと今さら不安になる。

 早く既読がついて返信こないかなーと願いつつ歩いていると、スマートフォンが震える。着信だ。翔太くんかと期待半分不安半分で確認すると全然違った。


 溜息をついてから通話をタップする。


「もしもし」

「妙子クン。出番だよ」

「またですか」


 わたしはもう一度溜息をつく。


「我々の都合で動いてくれるなら苦労ない。諦めたまえ。観測装置によると、五分後、礼文島れぶんとうに出現する。至急スウォルチーを向かわせる」

「はいはい。ギーノ将軍は?」

「既に現場にいる。たまたまウニを食べに礼文島に旅行していたそうだ」

「ハイパー偶然ですね」

「同感だ。今も僕の横でウニ丼を食べているよ」


 ふっと笑った後、正義のマッドサイエンティストたるリバイバル東条博士が電話を切る。自分ルールでしか動かない博士が他人の言葉で笑うのは珍しい。


「あー、これから一仕事かあ。めんどーい」

「そう言うな。世界を守るためだ」


 思わず愚痴ると、金髪碧眼の美丈夫が突然わたしの目の前に現れ、たしなめる。驚くべきことだが驚く必要もない。第三大賢者スウォルチーにかかれば瞬間移動など造作もないことだ。


 彼の瞬間移動で礼文島に移動すると、ウニ丼をもぐもぐしているギーノ将軍と、装備の点検をしているリバイバル東条博士がいた。

 わたしたちの到着に気づいたギーノ将軍が手を上げる。平時は紫色した気さくなおっちゃんだが、ひとたび戦となれば彼より苛烈な者はいない。将軍を冠するに相応ふさわしい猛者もさなのだ。


「よー、元気か」

「全然元気じゃないですよ、なんですかウニ食べて」

「賢者に本当に美味いウニは本当に美味いって聞いてなあ。それでオススメを訊いたら礼文島って言うから旅行してみたんだが、いやあ、ウニって本当に美味いんだなあ。知らなかったよ」

「ずるくないですか。終わったらわたしの分も買ってください」

「自分で勝手に買えばいいだろう」

「終わったらお店なんてしまってるでしょ。ちゃんとクール宅急便で送っといてくださいよ」

「そういうのは賢者に頼め」

「断る。私は宅配業者でも買物代行業者でもない」

「――さて、そろそろくるぞ。用意しろ」


 そんな適当な雑談をしていたところで、博士が機を告げる。皆の表情が真剣なものに変わる。


 そしてそれは始まった。


【瓦묆겘�뻼耶쀥뙑�걨�걢�걤�겍��곮偁üžŃü«ňşÉ돈�걪‼】


 認識不能な異音と共に、目の前の空間に亀裂が走り、どぼどぼと怪物が溢れだす。まともに視認することすらはばかられるおぞましき存在、ホシェフ駆動体だ(命名:リバイバル東条博士)。


「行こう」


 リバイバル東条博士の静かな声に、二人が頷く。


 ギーノ将軍はホモサピエンスを遥かに上回る身体能力を駆使し、大型ホシェフ駆動体を肉弾戦で屠る。

 第三大賢者スウォルチーは多種多様な魔法を用いて、飛翔する中型ホシェフ駆動体を撃墜する。

 リバイバル東条博士は悪霊ガトリングを乱射し、地を這う多量の小型ホシェフ駆動体を殲滅する。


 三人の活躍により順調にホシェフ駆動体の数が減っていく。そして世界の亀裂から溢れるホシェフ駆動体が途切れた瞬間、ギーノ将軍が叫ぶ。わたしの出番だ。


「やれい!」


「――飛びこめ、遅刻うさぎ」


 わたしの声に応え、アニメ調にデフォルメされた礼服姿の白うさぎが宙空からぽんと顕現した。白うさぎはシルクハットを押さえながら一目散に世界の亀裂に飛びこむ。その姿が見えなくなるとゆっくり亀裂が閉じていく。


 わたしの異能【ファースト・ラビット】は、顕現した白うさぎが飛びこんだ穴、すなわち空間と空間をつないでいる箇所であればどんな場所でも閉じることができる。本来なら使い道のないどうでもいい異能だ。五歳で発現してから日常生活で役に立った試しがない。しかしこの【ファースト・ラビット】が世界の亀裂を閉じる現状唯一の手段なのだ。そのせいでわたしも世界平和のために暗躍するメンバーの一員とあいなったわけだ。めんどくさい。


 世界の亀裂が完全に閉じた。これで今日の戦いは終わりだ。安堵の溜息をつく。


「おいおい、どうした。大丈夫かよ」

「大丈夫じゃないですよ、もう疲れましたよ」


 豪快に笑うギーノ将軍に対し、わたしはもう一度溜息をつく。これだから戦闘狂は嫌なのだ。第三大賢者スウォルチーとリバイバル東条博士は真面目な顔で今回の件について議論している。どいつもこいつも非日常を謳歌しやがって。おとなしく日常に生きてろってんだ。


 わたしはスマートフォンを確認する。メッセージが届いたことを知らせるポップアップ。慌ててアプリを立ち上げると、送り主は果たして翔太くんだった。『全然気にしないよ。実は俺もこっそり悠真にだけ教えたし、ごめん』というメッセージと謝るメンダコのスタンプ。


 ああ、よかった。わたしは先程よりも深く安堵し、笑みがこぼれる。世界の危機より翔太くんの返信の方が絶対的に重要だった。


 だってそう、わたしは平凡で凡庸な普通の女子高生なのだから。

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わたしたちは平凡で凡庸な普通の女子高生です ささやか @sasayaka

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