わたしたちは平凡で凡庸な普通の女子高生です

ささやか

A面

 女子高生たるもの集団でたむろしていなければならず、というわけで放課後、わたしたち四人はファーストフード店の一画を占拠していた。

 カタカタと薄っぺらいテーブルにめいめいのトレイを置き、女子高生らしく他愛のない雑談していると、急にさくらが真面目な顔を作り、言う。


「今まで黙っていてごめん。実は私、テヌラペコ星人なんだ」

「えと、それはつまり、宇宙人ってことー?」

「そう」とさくら。

「それがテムラペコ星人?」

「ヌ、ね。テヌラペコ星人」


 言いにくい固有名詞を言い間違えるひなたに対し、さくらが律儀に訂正する。大事だがどうでもいい。まず驚くべきはさくらが地球産ではないということだ。


「こんなこと突然ごめん。でも私、三人のこと親友だと思ってるからどうしても言っておきたくて……!」

「いや、別に気にしないというか驚くけど驚いていないというか」

「なるほど疑問氷解すっきり丸みたいなね」


 わたしが微妙な戸惑いを表明すると、つむぎがそれに同調する。


「爬虫類っぽく紫色の鱗があったり、指が六本だったり、スポドリ代わりに野ネズミの生血をちゅーちゅーしてたり、ちょっと変わってるなとは前々から思ってたんだよね。そっか宇宙人かあ」

「その紫美肌ユニバースとか思ってたし、まあそりゃ宇宙人ですわ」

「わかるー!」


 つむぎには同意しかない。さくらの肌はアメジストのような紫をたたえおり、しかも年中無休でスベスベしているのだ。この美肌をくれと何度思ったことだろうか。あと何故さくらという名前にしたのかとも思った。紫じゃん。


 わたしとつむぎが盛り上がる一方、ひなたは納得がいかないようだった。可愛らしく小首をかしげると、腰までのびた金髪がさらりと揺れる。まあひなたは両親が黒髪黒目の純日本人のくせに何故か彼女だけ金髪碧眼なので、外見で人を判断しない感覚が根付いているのかもしれない。知らんけど。


「えー私は全然気がつかなかったなー。まあそういう人なのかなって」

「そういう人ってどういう人」

「ほら、なんか目の色とか肌の色で差別してはいけません的な感じで気にすることじゃないのかなって。どっかにさくらみたいな人はいっぱいいるのかなって」

「まあ結論からするといたね、テヌラペコ星に。地球じゃないけど」

「そっかー地球じゃないのかー」


 ぶーたれたひなたは音を立ててコーラをすする。行儀が悪いはずなのに彼女がするとやたら様になってしまう。何をやらせてもなんちゃって上品さがあるのだ。解せぬ。


「それでテヌラペコ星人のさくらはあれなのーSFっぽく地球征服とかする感じなのー?」

「し、しないよ、そんなこと!」


 ひなたの問いに、さくらはわたわたと両の手を動かして否定した。


「私はテヌラペコ星人なだけで平凡な女子高生なんだから、地球征服なんて絶対無理だよ。そりゃあうちはわりと戦闘民族だからギーノ将軍とかなら単独でできるかもだけどさ」

「ギーノ将軍の説明プリーズ」


 間違いなく地球知名度が低い人名が登場したので、ここはすかさずわたしが尋ねる。


「テヌラペコで超有名な最強軍人さん。なんかめっちゃ頭いいし強い」

「綿菓子も敗北する圧倒的ふわふわ感」


 さくらの説明は全く要領を得なかった。そもそも戦闘民族なくせに体育の成績が平均以下なのはいったいどういうことなのだろうか。跳び箱ろくに跳べないじゃんと申し上げたい。それともあれか、戦闘民族の真価は頭脳にあるということだろうか。それは単に頭のいい人で決して戦闘民族ではない。戦闘民族はもっと脳筋マッスルボンバーであるべきなのだ。


 ちなみに四人のなかで一番身体能力が高いのはつむぎで、四人のなかで一番偏差値が高いのもつむぎだ。彼女は余裕でダンクシュートできるし、定期テストは学年四位だ。


「まあさくら英語苦手だし地球征服は無理か」

「期末も赤点だったしね。そういえば補習だいじょぶなの?」

「やべー矢部太郎です……」


 ひなたの心配に、さくらは比喩的意味合いにおいて涙した。具体的行動としてはチキンナゲットをやけ食いしだした。


 そういえばさくらがやたらよく食べるのもテヌラペコ星人だからなのだろうか。全く飲み食いしないつむぎと対照的だ。つむぎは今も水すら頼んでいない。つむぎ曰く、飲食は全て自宅で済ませるらしい。年中ラマダンでもやってんのかって具合だ。

 そんな鉄壁の断食力を誇るつむぎだが、別にやせてはいない。聞くところによるとラマダンで日中断食していても日没後につい食べすぎてしまうイスラム教徒もいるらしい。つまりはそういうことなのだろう。以前したり顔のひなたがそう推測していた。


「まあ要するに、さくらがテヌラペコ星人だろうとボボンピア星人だろうと、私達は親友だってことだね!」

「そういうこと」

「異議なーし」


 つむぎが上手い具合に結論を出したので、こうしてわたしたちの友情がエターナルフォーエバーであることが確認された。めでたしめでたし。


「じゃあついでに私も言っていーいー?」

「いいよ」


 謎にひなたが言い出したので、謎にわたしが許可を出すと、それが残る二人も含めた総意ということになった。女子高生的民主主義だ。


「ありがとう。あのねー、実は私、ファルネシア王国の公爵令嬢だったの」

「えーとドイツ?」

「ハンガリーとか東欧系では?」

「公爵令嬢だったのはこの世界とは別の世界の話でー、私は無実の罪で王太子に婚約破棄された後そのまま牢屋に入れられて、それで気付けばこの世界で凡庸な女子高生だったの」


 さくらとつむぎがどこの国のことか当てようとしたが、あっさりとひなたに否定される。真相はハードかつダイナミックなファンタジーであった。


「こんなこと言っても、信じてくれないよね……」


 三人で顔を見合わせる。頷く。思いは一つだった。わたしが口火を切る。二人も続く。


「まあ荒唐無稽だけれど一概に否定できない感はあるというか。真実ならその日本人感皆無の顔も納得できるよね」

「箸の使い方滅茶苦茶だし織田信長はうちのクラスメイトなのとかきいてくるし。そのくせダンスだけは超上手いし」

「というか別世界出身なら魔法とか使えるの?」

「いちおう火とかだせるよー」

「マジで⁉ いいなー魔法いいなー。ね、やってみせてよ」


 マジカルなひなたの回答に、さくらが食いつく。宇宙人がファンタジーに憧れるとか、もしかしてとてもシュールな状況なのではなかろうか。


「わかった。見ててね」


 ひなたは真剣な表情で手を組む。そして一分ほどなにやら祈った後、おもむろに右ひとさし指を立て、聞きなれない単語を唱えた。ぽっと指先に緑色の火がともる。


「すごい、種もしかけもない!」

「さすが魔法!」


 さくら(テヌラペコ星人)が歓声をあげた。つられてわたしも歓声をあげた。


「発動には今みたいに時間かかるの?」


 わたしとさくらが盛り上がる一方で、つむぎが冷静に質問する。


「うん」

「火力はまだいける?」

「これで最大」

「他の魔法は?」

「私は無理」

「……しょぼくない?」

「しょぼっ⁉」


 つむぎの指摘は鋭利な刃となりひなたに突き刺さった。そこまで落ち着いて指摘されると、わたしもなんだか冷静になる。まあ確かにしょぼい。緑色の灯火がふっとかき消えた。


「ライター使った方がはやいし楽じゃない?」

「いやライター忘れたときとか!」

「たとえば?」

「えと、タバコ吸うときとか」

「吸ってるの?」

「……吸わない」

「魔法、意味なくない?」


 つむぎが完膚なきまでファンタジーを殺しにかかっていた。もはやひなたは涙目だ。わたしはそっと視線をそらしコーラを手にとる。さわやかな炭酸が、うん、おいしい。


「いやでもそりゃ私の魔法はしょぼいよあっちでも大したことなかったよでもたとえば第三大賢者スウォルチー様なんて千里を駆けて見通して空間と雷を操るんだからね!」


 ひなたがいつもの間延びした口調をかなぐり捨て早口で反駁はんばくする。涙でうるんだ彼女の碧眼は洋画に登場する女優のように綺麗で、なるほどさすがはファンタジー世界出身とわたしはひそかに納得した。


「ねえ、第三大賢者って第一と第二はどうしたの?」

「家業のひよこ雄雌鑑定士を継ぐために引退したって聞いたけど」

「賢者やってろ、ファンタジーなめんな」


 夢を傷ものにされたさくらの怒りが火を噴いた。


「まあまあ、ひよこ雄雌鑑定士も大事なお仕事なんだよ、きっと。たぶん。メイビー。それよりもさ、ひなたは無実の罪でなんやかんやされたわけでしょ。復讐的なアレは思ったりしてるの?」


 適当にさくらをなだめつつ、ひなたに尋ねると、彼女はゆっくりと首を横に振った。


「いやー、あいつデブすぎて馬にもろくに乗れない上、権力を笠に着るろくでなしだったからさー、ムカつくけど縁が切れて正直ラッキーなんだよねー」

「やせろ。そして練習しろ」


 リアルファンタジーの王子様は白馬に乗れない疑惑が浮上し、わたしの夢も若干傷ついた。


「まあそういうわけで私はこの世界で普通に女子高生ライフを満喫してるので、あの豚野郎はどうでもいいかなー。みんなと一緒にいるの楽しいしね」


 ひなたがそうはにかむと自然とわたしたちも笑顔になる。そう、わたしたちの友情はアルティメットベストなのだ。めでたしめでたし。


 わたしたちの笑顔を見て、恥ずかしいことを言ってしまったと感じたのか、ひなたは早口でつむぎに問う。


「ね、そしたらつむぎもなんかこの際言っておくことないの? 今ならお買い得だよー?」

「何がお買い得なのかはさっぱりわからないけど、んじゃ私も告白しておきますかね。実は私、幽霊なの」


 つむぎがいつもどおりの静かに口調でさらなる爆弾をぶちこんできた。


「幽霊ってマジマジアルマジロー?」

「またこれとんでもないレベルきたよ」

「待って待って、普通につむぎにさわれるじゃん。体温はまあ低いけど」


 わたしはつむぎのやわらかな右手をつかみ、ついでに上げ下げする。ちゃんとさわれるし、ちゃんと動く。さくらとひなたもペタペタとつむぎにさわって感触を確かめる。


「幽霊の正体見たりつむぎちゃん」

「本当に幽霊なら証拠みせてよ証拠」


 二人の至極もっともな指摘に、つむぎは表情すら変えなかった。すっと足をのばす。


「じゃあ足をみてください。アテンションプリーズ」


 わたしたちは彼女の足に注目する。なんの変哲もない女子高生のおみ足だ。強いていえばわりと肉付きがよい。そう、なんの変哲もない足だった。しかしそれは脛の中ほどから突如として消失する。


「ほら、幽霊だから足がありませーん」


 つむぎが珍しくお茶目な調子で微笑んでいるが、わたしたちは言葉がなかった。本来足が続くべき位置に手をのばしてみるが何も感触がない。とりあえず二人に報告する。


「リアルになしです。ノー感触」

「マジですか教授」

「マジです、さくら調査員も確かめてどうぞ」


 さくらも紫色の手をのばすが、やはり本来つむぎの足がのびるべきところには何もない。当然ひなたがやっても結論は変わらない。


「え、じゃあマジで幽霊なの」

「だからそう言ってるじゃん」

「なるほど、これが幽霊」


 ということでつむぎが幽霊であることが全会一致で承認された。女子高生的民主主義だ。


「つむぎが全く食べたり飲んだりしないのも幽霊だからなのー?」

「そう、幽霊だから。あとついでにトイレもいかない」

「年はとるのー?」

「とらない。けど寿命は人並みだって」

「すごーい、なんかアイドルになれそう」


 ひなたは幽霊に寿命があるという事実をスルーし、年をとらないことだけに感嘆する。彼女がパチパチと手をたたくので、わたしも手をたたき、そしてさくらも手をたたく。三人分の拍手をつむぎが浴びる。


「なんかアイドルっぽくやってみてー」

「永遠の十七歳、佐藤つむぎです☆」


 ひなたのリクエストに、つむぎがきゃるんと両頬にひとさし指をあて小首をかしげる。わたしたちは彼女のお茶目さに笑った。


「いける、可愛い!」

「それだけ聞くと羨ま指数が上昇するわあ」

「もうこのままアイドルになれるってー」


 永遠の十七歳。キャッチフレーズとしては完璧だ。

 それからひとしきり新人アイドル佐藤つむぎ育成計画について盛り上がる。結論として、忙しくなってみんなで遊べなくなるからやめようということになった。


「そういえば幽霊ってことは、一度死んでるってことなんだよね。死んだときのこと、覚えてたりする?」

「それがさっぱりなんだよね」


 おそるおそる尋ねるさくらに対し、つむぎはあっけらかんと答える。


「博士が私を調整してくれるまでの記憶は全然ない」

「それじゃ何も覚えてないんだ」

「うん。ただ、うずらだけは覚えてたけど」

「どうしてそうなった」


 思わずツッコミを入れる。人生においてうずらが鮮明に印象に残ることなどまずもってないだろう。なんでもいいからうっすら覚えてろ。


 一方、さくらは別のことが気になるようだった。


「というかさ、博士なのに幽霊関係なのおかしくない? まず博士って誰?」

「正義のマッドサイエンティスト、リバイバル東条博士。私がこうして普通に生活できているのも博士のおかげ。博士は科学をオカルティズムに基づいて分析する超科学を研究しているの」

「それはまさしくマッドサイエンティスト……。正義は意味不明だけど。超科学も意味不明だけど」

「そうだね」


 さくらに同意する。科学をオカルティズムに基づいて分析するとか、何度聞いても理解できない。


「まあまあ。私のことはこれくらいでいいじゃん。最後になんか妙子がバシッとしめてよ」

「わたし?」

「そう、妙子」


 思わず自分の顔を指さすと、つむぎが肯定する。


「いいね」

「せっかくだから教えてよ」


 残る二人も乗り気であるからして、この流れを乗り切る術はない。……よろしい、わたしたちの友情は不変不朽なのだ。わたしの秘密をここに明らかにしたとしても、友情にひびが入るなど絶対ありえない。


 わたしは覚悟を決めた。そして言う。


「実は、今まで黙ってたけど、わたし、実は、三か月前から翔太くんとつきあってるの」


 三人の黄色い歓声が店内に響いた。やめてくれ、はずい。


「翔太ってあのサッカー部の中村翔太⁉」

「うん」

「どっちが告白したの⁉」

「えと、翔太くん」


 告白された時のことを思い出すと、それだけで顔が赤くなってにやける。

 翔太くんはサッカー部のエースで明るくて人気者でカッコよくて優しくて紳士的で成績もよくてついでに言うとおうちが裕福な最高のカレシだ。


「今日聞いた告白でぶっちぎりにショックだったわ」

「完全なる同意しかないよー」

「宇宙人とかファンタジーとか幽霊とか、親友のカレシに比べたら心底どうでもいいよね」

「そ、そうかなあ」


 三人の剣幕に首をひねるが、同意を得られそうにはなかった。


 それからわたしは翔太くんとつきあうようになった経緯とか初デートの話とかを微に入り細を穿つように問いつめられることになってしまったのだが、まあ仕方のないことかもしれない。


 だってわたしたちは平凡で凡庸な普通の女子高生なのだから。

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