第40話 夏の終わり

「で、その銀のオーブは何なの」

「これは室長のブラックボックスに入っていた人工のオーブで擬似素体になっている。おまけに空間座標マーカーまで付いているのでどこにこの空間が存在しているのか分かる仕組みになっているのだよ、たぶん500年後の室長が必要としているものだろう」

 偉そうに言うコウラだがドローンの姿では威厳はない。

「それが私の代わりと言うわけね、でも今出したらだめなんじゃないの?」

「それは大丈夫、今はスリープモードで1時間40分後に起動するようにセットしてあるからそれよりガシェットを起動してタイムマシンを呼び出そう」

「それ何?」

 この空間にはコードは存在しないとユズキが言っていた。

 もしかして何か手違いがあるのだろうか?不安になる。

 ここまできて帰れないとかないよな。

「ユズキごときが、室長のコードを見つけられるとは思えないから大丈夫、で、コードはどこにあるの?」

「私、コードなんて知らないわよ」

「えっ?コード知らないの?室長はサラちゃんが知っているからと」

「そんなん聞いたことないよ、だいたい私が小さい時に出て行ってから会ったのは光速睡眠のポリゴン映像だけだし」

「おかしいな、知らないとすればこの空間のどこかにあるはず、何か心当たりはない」

 父の痕跡と言っても正直昔住んでいた家ぐらいしか思い出せない、しかも思い出せるのは父と母の電話でのやり取り、怒鳴り声がメインでしかない、とりあえずそこに行くしかないみたいで私は歩き出す。

「そこから電話でもかければ自動音声が教えてくれるんじゃないか?」

 コウラが冗談みたいに言ったがそれが当りのような気がして落ち込んだ。


 学校から通学路を逆にたどり家に着いたが電話はつながっていなかった。

 受話器を上げてもツー音さえ響かない、完全に断線状態でなすすべがない。

「ほかには室長との思い出とかないの?」

 コウラが申し訳なさそうに聞いたので腕組みして考えたが学校帰りにこっそりと会いに来た父が買ってくれたアイスのことしか浮かばなかった。

「あれは父のせいかな……」

 コウラが興味深げにそれは何だと聞いてきた。

「父がね母と離婚した後一度だけ会いに来たの、内緒でね、そのときアイスを買ってくれて、私は学校帰りだからいけないと言ったんだけど、怒られたらお父さんのせいにしろとか言って強引に買ったのよ、そのアイスがあたり付きで食べたら当たっていたの、なんでもないことだけどこどもな私はすごくうれしくてね、私ねこの空間を作る前までここら辺だけの夢を見てたんだ。今と変わらない固定された夢、そしてお父さんとの思い出のアイスを食べると当たりが出てね……必ず、しかもアルファベットで(ATARI/6?)……何だっけ?忘れたけど600本とか食えないって!とか突っ込みどころ満載だよね」

 私が笑うとコウラはあわてた感じでそのアイスはどこにあると聞いた。

 通学路の途中一本裏通りに入るとその駄菓子屋がある。

 小学校のときは家に帰って百円握り締めて通ったものだが中学になると不思議と寄り付かなくなる。

 たまに部活帰りにアイスを買う程度、高校になってからは夢の中でテル君と来たきりだ。

 現実世界ではすっかりご無沙汰でイメージは中学時代のままなのだ。

「どのアイスに当たりがある?」

 最近は当り付きのアイスなど食べない、高校生は有名どころの高額商品を買う。もちろんアウトサイドで払いは無しだが、テル君とは百円以上のもを好んで食べた。

 父はあの時わざわざ当たりの付いたものを買ってくれ、しかも絶対当たるとか言っていたことを思い出した。

「この商品?さあ、サラちゃん食べて当たりを出して」

 言われるままに一つ出して食べ始めると記憶が戻りだした。

 この事を忘れてはいけないと父は言っていた。

 何のことか分からなかったが何か細工があったのかも知れない。

 侵入者が来ることも想定済み、空間ごとはじき出されることもすべて父の計画の一部だった……ということかもしれないと思いながらアイスを頬張った。

「628……あたり本数じゃない、そうか私の誕生日だ」

 父の思惑など分からないがこの数字を見る限り少しは父親としての何かを持っていたのかもしれないとか勘違いしそうになる。

「その文字と数字をガシェットに打ち込んでください」

 言われるままにガシェットを起動して入力画面を開き文字と数字を入力した。

 呼び出しますかと言うメッセージをイエスでタップする。

「何も起きないけど?」

 そんな感覚でいたがすぐに違和感が漂いだし空間がゆがむように、私の、と言うよりガシェットの正面と言ったほうがいいのだろう。

 数メートル先にゲートが出現した。

 飛行機の入口の様な金属製のパネルだけがそこにある。

「こちらに全体が現れるわけではないんだ入口だけが現れる」

 全体像を想像していただけに少しがっかりしたのは、SF的なかっこいいマシンを想像していたからだ。

 拍子抜けな感じで準備が整った。


「忘れ物はないね」

 確かにこの空間には何もない、が、テル君との思い出は数年分ある。

 私は一度、大きく夏の空気を吸い込んだ。

 それがかえって夏の終わりを感じさせる行為になってしまった。

 

 主が消えたハンモックが揺れている。


 私とテル君の夏は終わったのだ。

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眠る私はハンモックで眠る彼を見ている ハミヤ @keneemix

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