第39話 コード
「元の世界に帰ることはできる。室長もそのためにサラちゃんに携帯型ガシェットを渡していると思うけど、それにそれがあればここを壊さずに出て行けるしサラちゃんも消滅しないですむ」
私はユズキに渡されたスマホをポケットから取り出した。
「これはスマホじゃないのね」
すでに充電が完了しているらしく画面にタッチすると待ち受け画面らしい感じに表示が点灯した。
従来のアプリといえる表示はなく記号が映し出されていて、通話などのボタンもない。
「よかったちゃんと届いていたんだね、詳細を聞いていないからヒヤヒヤしてたんだ」
「これでどうする?」
「その前にまずは決めてもらう。この世界に残るか、向こうに戻るか……もちろんここに残る場合僕が最後まで看取ってやるし何かと助けてあげるよ、この機体の電力も十分にあるし耐久性にも問題なく100年以上は動けると思うけど」
「えっコウラと2人きりで人生を全うしろと、そりゃ一人よりはましかもだけど……ないわ」
「なんか、含みのある言い方は聞こえないことにしておくよ、それで帰るのはいいけどよく考えてほしい、君は一度世界線から離脱している。世界は分岐するわけじゃない、すべては改変され波は収束してサラちゃんは世界にいないことになっている。だから戻るということは別の人間として生きていくということだよ、家族に会っても喜ぶことはできないし、友達にも知らん顔されるし自分が思うイメージとのギャップに苦しむと思うんだ。当たり前だけど……もちろん生活面で不自由することがないように室長が準備してくれている。そのガシェットとともに戻ればすべての新しい情報が開始されることになっている。その辺は抜かりない」
「それは……でも、みんなと接触するな、と、言うことじゃないでしょ友達ならまたなればいいし……」
ここにとどまるよりはいいと思えるし、それが最良の選択なのだと自分に言い聞かせる。
「そうだね、ただ……テル君には会うことができない、というか会ってはいけない、二人の意識が会うことによってリンクしてしまうと改変された事象が不具合を起こして空間に歪を生じさせるかもしれない、それは地上にブラックホールを出現させるような事態を引き起こす恐れがある。君が遠くから眺めることはいいけど二人が意識して視線を合わせると……」
コウラが数秒黙り込んだ。
「本当はサラちゃんをここに留めて置くのが地球人類のためにはいいのかもしれない、偶発的に出会ってしまったときのことなど予想が付かない、君たちはアウトサイドで数年も過ごしている。それは過度な精神の交わりで二人は深い意識の共有を行った。それは強い絆で結ばれていて現実世界でどう作用するか……実証実験したわけじゃないので何とも言えないけど危険度は未知数、それでもいいと言うならなら僕にサラちゃんをとめることはできない」
人類を危険にさらすならここにとどまる事が最善ということだ。
たぶんコウラもそれが一番と思い込んでいるのだろう。
「テル君と会っても何もおきないことも考えられるのね?」
「それはそうだけど何らかの危険作用を世界にもたらす確立は高いというのが向こうのスパコンで導き出した答えだ。絆という曖昧と思える現象でも甘く見てはだめだ」
私は自分の中に生まれた欲に逆らえそうにない、ここで一人生きていこうと決めた心はコウラの登場とともにあっけなく崩れ去っている。帰れるんだと一度でも思って喜んだ感情はあきらめていたモノに執着を生んでしまった。
自己犠牲という言葉が私の中で打ち消され陳腐化してしまった以上もう逆らうことなどできそうもない。
「それでも……帰りたい……」
力なくつぶやいた私に無言で薄紫の点滅で答えたコウラはゆっくりと地面に着陸した。
「ダメかな?」
「そうじゃない、意外なだけです。サラちゃんは危険を承知で戻るという選択肢が無いと思っていたので」
「私はそんな強い人間じゃないわ、ここで一人生きていく自信なんてなかった。コウラが現れるまで何時どうやって終わろうかと真剣に考えていたんだ」
私はここで一人生きるなんてまったく考えていないことに気がつた。
今まで言葉にしていなかっただけなのだ。
無意識にではあるがたぶんそういうことだろう。
宝箱にしまってあったユズキにお願いしていたモノをポケットに入れ持ち歩いていた。
それを取り出した。
「なんだそれ?えっ?」
指でつまんでしみじみと眺めるモノをコウラが興味深く見て飛び上がる。
「なんでそんな薬持っているんだ?」
それはこの空間に閉じ込められた場合に楽に死ねる薬、この世界の中で眠るように終わることができる代物だ。
「分からないけど、苦しくなったら飲もうと思っていたの、結局死にオチしか選択肢が無いと思っていたからユズキさんに頼んで用意してもらったのよ」
「はっ?ユズキと会っていた?そんなものまでもらう仲で」
驚いた様子のコウラは難しそうに点滅してゆっくりと右に旋回した。
「なんだか悪かった。サラちゃんのことよく分かってなかった。迂闊すぎる本当にゴメン、やはりここに残るのは無しだ。元の世界に戻ろう。テル君の問題は僕が何とかする」
私は小さく頷き自分が泣いていることに気が付いた。
「早速だけど、準備を始めよう」
コウラの一言で私は顔を上げ「まず何をすれば」と言い無理に笑ってみた。
「この空間は世界から独立してすでに一つの宇宙だ。だけどサラちゃんと言う支柱を失えば崩壊して消えてしまう。ひどい爆発を起こして空間衝撃波を作り出す。地上で言う津波みたいなものだ。それは周りの世界に傷をつけるから避けたいし、何より有村室長が維持することを望んでいる。上司には逆らえないからね」
父がなぜこの空間に執着するのだろう?実験対象なのか?などと思いながらコウラの話を聞く。
「室長は今時間移動中で実は500年の旅をしている。聞いていた時間の倍の長さで500年後の世界で必要な実験がしたいと言う事なんだ。そこでこれを使う」
コウラが、と言うよりコウラの意識体を乗せたドローンが強く発光したかと思うと銀色のオーブを機体の底から産み落とした。
「なに?生んだの?キモイんですけど」
「失礼な、裏のポケットにしまっておいたんです。ちょっと蓋を開けるとき力が入るだけなんです。別に生んでないから」
コウラが恥ずかしそうに言い訳するのに突っ込む気にもなれずにため息をついた。
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