第38話 200年

 キプロスが高く飛んでぐるりと回転した。

 調査研究用の写真を撮ると正直に言ったのでまあ良いかと思いながらのんびりと眺めていた。

『ズッ……ツーーーサ……、サラ……、サラちゃん……キコ……キコエル?』

 柱の作用かどうか分からないが、急に通信が回復した?

 またリアル世界に、元の世界に近づいたのかと思い声を上げる。

「聞こえてるわ!コウラでしょ?どういうこと?」

『つながった、サラちゃん元気?』

「元気って……何言ってるの、さっき通信切れたばかりだよ、それとも私の時間だけ流れが遅くなってるの」

『残念、時間が変わってしまったのは僕のほうだ。今異世界にいます。通信が切れたのは200年前の僕ね、柱の出現によりつながった通信です』

「200年?何言っているの?人の寿命超えてる?てっ……そんなことどうでもいい、テル君は?テル君はどうなった」

『ああ、テル君ね、正直あんなにうまくいくとは思っていなかった。すぐに元気になって退院した。僕が知っているのはそこまで、僕自身の記憶改変が起きる前に時代から逃げ出したから』

 飄々としたいつものコウラがいつもの調子で言ったので少しホッとしている。

「そうか、助かったのね、よかった……でもなんで200年?まあ良いわ、それでこんな通信を送ってきたということは何か私がいい方向に向かえる対策があるんでしょうね」

『とりあえずキプロスをこちらに戻してくれるか、意識体を変更して送り戻すから、それが有村室長からの依頼でもあるしね』

「お父さんの依頼?」

 わけが分からなくなってきた。

 時間と事象、人との関係や思考がまとまりなく私は困惑している。

 結局私は助かるのだろうか?それとも……過度な期待はしないほうがいいのか……

 キプロスがのんきな感じに「撮影は無事に済みました!いや~すごい空間ですね」などと少し興奮気味に言いながら舞い降りてきた。

「どうでもいいからさっさと行きなさい」と言って光の柱に押し込んだ。

「お名残惜しいでございます~」変な言葉を残して消えていった。

 消えて行った柱を眺めしばらくするとキプロスが戻ってきた。

「ゲート通過は何度やっても気持ちのいいものじゃないな」

 キプロスのスピーカーから電子的なコウラの声が聞こえてきた。

「何でコウラが?キプロス?」

 理解できずに目がテンになる私に浮かれ飛ぶように「驚いたか?」などとはしゃぐコウラのようなキプロスが腹立たしい。

「それでどういうことかしら?」腹が立ったおかげで少しだけ冷静になれた。

「とりあえずゲートを切断しよう。不安定な小規模空間を長くつなげていると破裂してしまう可能性があるのでね」

 私は早く言えと悪態をつきながら接続切断用の針金部分をはずして柱を消した。

「とりあえずサラちゃんにはお礼が言いたくてね、君のおかげで妻と再会することができた」

「何を言ってるのかさっぱり分からないちゃんと説明してくれる?どうせ時間はあるんだから」

 キプロス改めコウラは困惑する私にうれしそうな点滅を繰り返した。

「サラちゃんに集めてもらった虹色のオーブのおかげで事象観測からのタイムトラベルで何とかこちらの世界につながる次元変動を見つけ出せた。あらかじめ予想はしていたんだけど不確実なものだったのでそれなりの準備と必要個数をそろえられた。もちろん虹色オーブのことだけどね」

 虹色のオーブの使い道ということか……実は少し不安だった。

 虹色のオーブはタイムトラベルを可能にするほど強大なエネルギーの塊、使用方法次第で地球が吹き飛ぶ爆弾にもなりうるだろう危惧があったからだ。 

 コウラは奥さんの敵とばかりに、暴走して未来の地球政府を壊滅させようとか考えていないか心配していた。

 そんなことに加担したなら本末転倒なことだが奥さんを救えたなら良いとしよう……んっ?

「なんでわざわざ異世界に行ったの、奥さんは次元震に飲み込まれて……それだと過去に戻るだけでよくない?」

「ははは、まあ簡単に考えるとそうなんだけど事象改変はただの先延ばし世界線は確実にバランスを取ってくる。だからサラちゃんの起こした最初の次元震は回避できたけど結局世界からはじきだされる。だから最善の方法は助かっている可能性を考慮して行動した。確信はあったからね」

「私は結局こうなる運命だったということね、どうでも良いけどね」

「大丈夫最善の方法は尽きてないから、それで僕は異世界に飲み込まれた奥さんを見つけるための旅をした、オーブのエネルギーを使ってね、それであの地震以外で向こう側に行く可能性がある次元震を探したんだよ、それがサラちゃんの消えた時代から60年ほど前のカムチャッカ地震だった。それでその時代まで戻り特異点としての存在に便乗してこちらに移動して、さらに君が知っている大震災の時間まで戻り飲み込まれてこちらに来た妻を助けた。そして元の時間に戻ろうとして逆をたどったんだけど60年前のこちらでトラブルがあって戻れなくなった。しょうがなくこちらで生きることにしたんだけど結構居心地よくてね、結局最後までお世話になったんだ」

「えっ?最後って、死んだの?さっき死んでないって」

「ああ、死んでない、肉体的には老いは防げないけど意識を機械的に生かすことはできる。異世界での話だけどね、それで僕はサラちゃんを助けるために今に至る。室長の頼みもあったし、それに奥さんにもサラちゃんを助けるように言われたからね」

「奥さんは?残してきたの?」

「いや、3年前に他界した。今は僕の肉体と一緒に向こうで永眠中」

 私は一度言葉を飲み込んでから勇気を出して聞いた。

「コウラは……奥さんは、異世界で幸せだった?」

「心配するな、科学者にとってこれ以上ない幸運を手にできたと思っている。もちろん奥さんも、それに基本的に元の世界と変わりない世界だし、今は子供たちが向こうの科学協会で中心的な仕事をしてる。もちろん孫もかわいい、異世界ハーフの双子ちゃん」

「おじいちゃん……そんな幸せな状態でここにきてよかったの?」

「サラちゃんにおじいちゃんなんて呼ばれると複雑だな、まあ、すでに肉体は灰になっているから元いた世界に戻るのも悪くないからね、こどもたちも納得しているよ」

 どことなくさっきまでのコウラとは違うことに気が付いていた。

 それは違和感とかじゃなく声から得られる乏しい情報ではあるが匂いに似た年輪を感じたからだ。

 チャラさの中にも落ち着きがある変な感じだ。

「それで、これからどうするの?」

 再開の喜びとは別に何か苦渋のようなゆっくりとした赤い点滅を2度した後にコウラは選択を要求した。

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