第37話 予定時間まで
これで良いかとキプロスに聞くと満足げに点滅した。
異世界への入口たる幾何学模様のサークルを接続しなおした。
後はオーブを起動させるだけで扉たる柱が出現するはずだ。
調整はすでに中継器単体で出来るように設定されていて、リアル世界との接続が途切れた後でも問題ないとコウラが言った。
すでに時間はほとんど残されていない、テル君とも別れを惜しみたいが限界が近いせいなのかすでに意識が混濁している。
問いかけにもあいまいな返事しか返らない、こんな状態で金のオーブにちゃんと転送できるのか不安になる。
キプロスは状態など関係ない、すべての情報を変換するので後は実態と融合した後に多少のリハビリでうまく機能するだろうと偉そうに講釈した。
キプロスはこの作業を見届けてから帰るといった。
こちらの世界と接続が途切れても数時間は異世界とつながれるらしい、私も一緒に行きたいのだが行き先に実体の私が侵入するとやはり次元震が起きてしまうので無理だと悟る。
ため息しか出ないと思いながらテル君を見る。
オーブとテル君の接続はうまく行っているのでこの姿はもうすぐ消えてしまう。
予定時間まで4分だ。
次元震発生までは後22分とコウラが伝えてきたのをなんとなく聞き流している。もうどうでもいいと思っているのかもしれない。
つないだ手の温度が消えていく。
テル君が段々とこの世界から消えていくのが分かった。
薄くなっているからじゃない、私とのつながりが離れて私の心におかしな隙間ができてしまったからだ。
この隙間を埋めることなどできないだろう、私はこの世界で一人残されこの隙間のせいで別の生き物に変化してしまうような錯覚に落ちた。
「サラ、また会えるかな?」
消えていくテル君が薄く目を開き私に言った。
私は答えずに微笑んだ。
今年一番の強がりをしてみたのだが……
「迎えに行くよ……必ず……」
小さな声で言ったので私の聞き間違えた解釈かもしれない、それでも私は答えずにはいられなかった。
「待ってるね」
テル君が消えてしばらくこみ上げるものを押さえ込んだが不意に空間が干渉され警戒意識が最大になる。
別れを惜しむ暇さえ与えられないのかと憤りながら周囲を警戒した。
何らかのノイズでいやな感じがこみ上げる。
素体転送装置は強制覚醒ジェル噴出のカウントダウンが始まっている。
「何かが進入してくる」
キプロスが警戒色だろう赤の点滅とともに告げると空間から湧き出すような黒いジェル状の物体が流れ出し人の形を作った。
黒の人型はすぐに乾燥してひび割れ中からユズキが登場した。
「間に合ったみたいね」
「どうしてここに?」
何かの妨害なんじゃないのかと身構えた。
「警戒しないで、私は有村室長に頼まれてここに来たの」
父に頼まれた?父は今光速で時間移動中、コウラしかアクセスできないはず。うそをついているのか?疑いを持ったままで私は解放のボタンに手をかけた。
「ちょっと待ちなさい、うそじゃないわ、今有村博士が時間移動中だと知っている。私には昨日届いたの、小包が……期日指定で私の滞在しているホテルに来たのよ、私だって驚いたしよく分からない、これを渡すように指示されただけ」
そう言って私にスマホを見せた。
女子高生の娘に最新のスマホをプレゼントするなど普通の父親ならよくあることだが……見たことのない機種でそのスマホを私にという事らしいがこんな状況でそんなもの渡されても利用価値ゼロじゃないのかと疑問がわきあがる。
「これを私にどうしろと?一人の世界には絶対に必要ないモノだと思うのだけど、異世界と通信できる新型なのかしら」
皮肉交じりに言ったがユズキも説明できないと言って押し付けられた。
日本製の普通のスマホを手に取るがよく分からない特に変わったことはないが充電用のソケットも見当たらない。
しかも電源を入れようとしても充電中の表示が出るだけでそれ以外の反応はなかった。
充電中?
「これなんで充電中?」
「その装置はこの空間のエネルギーを自動でチャージしているものだ」
キプロスが興味深げに答えた。ユズキはキプロスにギョッとしたが、このアウトサイドの出来事と理解してスルーしたようだ。
「何かよく分からないけど受け取ってくれればそれでいい、私は退散する。室長から送られた管理局からの追跡妨害装置のタイムリミットが2分40秒しかないの、状況はよく分からないけど頑張ってね」
父は何かに巻き込まれていることを知っているのだろうか?こんなサプライズに少し期待する。
もしかしたら助かる?淡い期待が湧き上がった。
ユズキが消えて数十秒でジェルの噴出が始まった金のオーブをセットした素体転送装置はジェルに包まれていく。
装置が消えてすぐに私自身に強い衝撃が走る。
体全体に巨大なゴムパッチンを受けたような痛みとともに今まで情報として与えられていたこの空間の空気感や熱量などが直接神経を刺激し始めた。
ここで生きているのだ。
『ザッ……サラちゃん最後の通信だ。すぐに黒井君の意識素体転移を開始する。何か伝えることはあるかな……』
「何もないよ、何も……」
『分かった、それじゃあ体に……ツーーーーーー』
通信が終了した。
これで私は一人この世界で生きていくことになる。
「ねえ、この世界はどのくらい維持できるのかしら?」
「心配しなくても600年ぐらいは維持できるエネルギーを秘めている。穀物オーブのおかげで食料も十分だから君の種族の寿命はまっとうできると思う」
うれしいお知らせのように聞こえるが私がおばあさんに成れるほど孤独を楽しめる保障があるらしい。
地球は宇宙の中にあるがこの空間はあくまでも次元の狭間をさまよう気泡に過ぎない宇宙という巨大な気泡の間に認識できないほどの小さな点なのだとキプロスが教えてくれた。
数百億年維持できる宇宙に比べれば600年はあっという間、それでも世界に一人だけになる私には長い時間だ。
「キプロスはもう帰る時間だよ、そろそろゲートを接続しましょう」
私はためらいもせずこの空間唯一の話し相手の帰還の作業に取り掛かるため校庭に向かい歩き始めた。
地形が改変され空間干渉ドアを使えなくなったのでおかしな感じに道がつながっているとキプロスが上空から視認した。
一瞬道が分からなくて戸惑ったが空を飛べると便利だなとうらやましくなる。
一人になったらこの空間の地図でも作るかと最初の仕事を思いついた。
キプロスのナビで程なく中学の校庭に着いた。
送り出す作業といってもセットしてある虹色のオーブを起動するだけの簡単なもの、キプロスが帰還後空間震の危険があるのですぐに接続を断つのがメインの作業になる。
キプロスとは数時間一緒に過ごしただけのただの仕事関係みたいな微妙なものだがいざいなくなると思うと寂しさはあるなと自己分析してため息をついた。
オーブを起動して数分で柱が出現した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます