第36話 最後の電話

 目覚めるとすでに西日が強く差し込んでいた。

 昼に入眠したので、時間にして4時間ほどたったということだ。

 これが私のリアルでの最後の目覚めになる……私は少しぼんやりとまどろみながらもう一度目を閉じる。

 二度寝するつもりじゃない、ただこれからおきる不遇の時間に思いをはせていた。

 すべて計算されていたように最後に仕掛けられていた罠のようなアウトサイドの圧力限界を、何かのせいにもできないまま孤独に耐えて過ごすのだと、何度も言い聞かせるようなあきらめの悪さに辟易した。

「どうした?怖いのか?」

 コウラの問いかけはまったく的を得ていない、私は怖いんじゃない、いまひとつ納得できないだけだ。

 私がいるだけで空間が消滅してしまうということは理解できる。

 私にはどうあがいても逃げ場はアウトサイドだけで、そこに逃げ込めば助かるしテル君も元通りに目覚める。

 私の存在しない世界は穏やかに流れ出すだろう。

 何に納得できないのか考える余裕も、時間もすでにないことは承知しているが後一つ、一押しでもいい、何かが足りないような気がした。

 私は起き上がりマインパックからテル君の指輪を取り出してコウラに渡した。

「私の記憶が消えてしまう前にテル君に渡して……」

 少し情けない声色で言ったことを後悔したが、コウラは何の突っ込みもしないで受け取った。

 コウラはすべての工程が終了するまで意識の改変が起きないような特殊な薬を服用することになる。

 もちろんだがそれが無いとこのプロジェクトは成功しない、金のオーブに意味すら不明になってしまうだろう。

 だからコウラに頼むしかない、それと不足分の虹色のオーブも残りの3個を持ち出して自分のカバンに入れておいた事を教えておく。

 最後まで21個のオーブの使い道は教えてくれそうもない。

「なに、妻を救い出すのに必要なんだ」

 死んだ人間を救い出す?よくわからないが私には関係ないのでそれ以上の詮索をしようとも思わなかった。

 目覚めたテル君はこの指輪を見て困惑するだろうか?わたしの記憶がないのだから当然の反応になるだろうなと思い悲しくなった。

 それでも自己犠牲による愛の完結は、若さあふれる馬鹿な私には甘味なモノに思えてくる。

 タケルと違い人が変化することを知っているからだ。

 数日で後悔してしまいそうなほど頼りないものだとしても、この結末が一番幸せにとどまれる人が多く発生するだろう。

 見方を変えれば私自身も生き残ることができる方法なのだと言い聞かせて立ち上がる。

 アウトサイドで金のオーブにテル君を保存して素体転移装置と一緒にリアルに再現移動させる。装置には強制覚醒ジェルが噴出するような設計になっているので私は戻る必要はないのだ。

 それと同時に私自身がリアルから強制排出される仕組みがセットになっている。

「これが素体転移装置ね、で、サラちゃんをこのサランラップみたいな膜で覆うと転移装置の強制覚醒と連動してサラちゃん自身がこの世界から押し出されることになる」

 淡々と死刑宣告を受ける被告人のように黙って説明を聞いた。

「衝撃はどのくらいあるのかわからないけど地震ぐらいは覚悟したほうがいい、こちらもアウトサイドもね」

 私は最後に家族に電話した。

 何気ない電話だ。

 気を緩めると泣きそうになるのをこらえながら母と弟の佑太、それとタケルとも話した。きわめて普通の会話。

「それじゃあおじさんにもよろしくね、たぶん2、3日で戻ると思うから……それと母と佑太をお願いします」

『なに言ってんだ?そんな帰ってこないみたいな言い方すんなよ』

 電話の後、しばらくスマホを握ったまま目を閉じた。

 忘れ物はないのか確認するように思いをめぐらせる。

 もっていけるものなどないのであきらめる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る