残滓
安良巻祐介
まっすぐで、灰色で、顔も手もない、柱のような形をした男が、ゆらゆらと歩いて来る。
この通りには、もうあんなものしか残っていない。
むかし蝿の飛んでいた影だけが何かの間違いでちらちらと映っている街灯もどきの傍らで、ぼんやりと向こうを見る。
ビル群がすっかりなくなって、更地の上によくわからない絵のようなものが浮かび上がってある遠景は、真っ赤に燃える空の下でやけに広々としている。
柱男が隣を行き過ぎた。肉の焼け焦げた酷い匂いがする。
曲がり角から、もう一体来る。少し細くて背の高い奴が。
そいつが通り過ぎたら、今度は二体だ。
高さが極端で、片方は屋根を超えるくらいなのに、片方は手箒くらいしかない。
しかしもうあんな男たちのことを気にしていても仕方がないのだ。
ため息をついて、私は私の遺した染みの上で、ぼう……と滲むように遠吠えした。
その声は、遠くまでゆっくりと波打って、少しずつ街の空気を揺らめかせて行った。
これが今、残っているものの全てである。誰かのふりをして、乱数的な仕組みに沿って形や高さを僅かに変えることで人格の代替としながら、曲がり角から延々と歩いて来る男たち。
あれでは、何にもなれはしない。何をどうしたところで、どうにもならない。失ったものが多すぎる。影芝居にすらなっていない。
それでも、この街は、今しばらく蜃気楼のため息のような存在を、其処此処に留め続けるだろう。
かつて詩人であったこの私の意識が、風の中にすっかりと薄れ溶けてしまうまでは。
残滓 安良巻祐介 @aramaki88
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