第11話 二重人格王子が二重人格王になっても



 最近、忘れそうになるんだけど、俺はかつて貫井つらい健治けんじっていう名前だった。


二十歳で病死し、魂だけがこの異世界に呼ばれた。


俺の魂を受け入れてくれた王子は当時十歳。


今は二十七歳で、色々あったけど立派な王様になったよ。


そして、俺は今年で三十七歳のおっさんです、はい。




「はあ、つっかれたー」


チャラ男がどかりと椅子に座った。


いくら優秀な国軍の諜報兵でも、子供相手の演技は気疲れするよね。


「ふふふ、ネス様もお疲れ様です」


眼鏡のパルシーさんがお茶を淹れてくれて、手渡してくれる。


「ありがとう」


砂漠のお茶は麦茶モドキ。


これも俺が王都で小麦じゃなく大麦ぽいのを見つけて、試行錯誤して何とか作った。


この世界の茶葉は熱いお茶に合う緑茶が多いんだよね。


あれもいいけど、暑い砂漠ではどうも合わない気がしてさ。


「俺にもちょーだい」


「自分で淹れろ」


幼馴染のチャラ男と眼鏡さんのじゃれ合う姿もたまにはいいな。




「しかし、よろしいのですか?」


ノースターの領主をしていた頃に出会った孤児の砦の子サゲート。


こんなに立派になってるなんて思わなかったよ。


砂狐を北の国にいる妹アリセイラに贈るため、弟のギルザデス王子まで使ってノースターから呼び寄せたけど、これはうれしい誤算ってやつ?。


「ああ、サイモンねえ」


同じような立場の砂族の少年サイモンのことを気にかけていた。


「あの子ならきっと大丈夫さ」


最初は無口なヤツだと思ってたけど、親との約束を必死に守っていただけだった。


今では親も出稼ぎから帰ってきたし普通に一緒に生活すればいいのに、なぜか俺について来た。


俺や大人に臆せず意見が言えるし、砂漠を歩く時には勇気と慎重さを見せる上に砂族特有の魔法が使える。


「礼儀作法はまだまだだけどね」


一番は俺と王子の家族のことを大事に思ってくれていることだ。




「だーけーどー、サイモンはちゃんと気付いてくれるっすかねえ」


ズズッとお茶をすすりながら、チャラ男はサイモンが出て行った扉に目をやる。


「あー、そこはアラシに誘導するように頼んでおいた」


今ごろは塔の最上階で神様に会えているだろう。


声を聞かせるくらいなら出来る、とチビッ子神様が言ってたしな。


「良い意味で大人になられましたね、ネス陛下は」


パルシーさん、それ、褒めてないよね。


「ずる賢くなったのは認めるよ」


俺が降参して肩をすくめると、


「それは以前からです」


と、サゲートが追い打ちをかける。


「うわ、ひどい、味方がいない」


どっと笑い声が部屋に響いた。




 翌日、俺は昼過ぎにサーヴの町へと飛んだ。


「こんにちは、おやじさんいる?」


まずはパン屋に顔を出す。


「あら、いらっしゃい」


大繁盛であるこの店は、昼から少しの間店を閉めて夕方からの仕込みに入る。


その間に話をしようと思ってやって来た。


「おお、ネスか、あ、いや、国王様だったな」


「いやいや、いつも通りでいいですってば」


笑いながら奥の部屋に通される。


パン焼き釜のある工房では、元浮浪児の青年と娘さんが真剣に午後からの予定を打ち合わせしていた。


「店のほうは順調で何よりです」


「わはは、いつも言っとるがネスのお陰だ」


普通の家庭用のテーブルに向かい合って座り、おやじさんが淹れたお茶が出て来る。


「彼はどうですか?。もう五年になりますが独り立ち出来ますでしょうか」


ちらりと工房に目をやってからおやじさんの様子を窺う。


「馬鹿いえ、まだまだ修行中だ。


まあ、最近はわしの代わりに焼けるようになって来たがな」


口では頼りないと言いながらも、うれしそうに目元を緩ませた。




 だけど、俺は困ったような顔をしておやじさんを見る。


「実はですね。


俺の国でパン屋をやってくれる職人を募集しようかと思いまして」


「は?、なんだ、あいつを引き抜こうってか」


おやじさんが慌て出す。


「いやー、もちろん本人次第ですよ。


その前に腕前のほうをおやじさんに聞いておきたいと思いましてね」


本人から店を辞めたいと言い出せば角が立つが、これは俺からの依頼だ。


 渋るおやじさんに提案する。


俺だってこの店には世話になった恩があるからな。


「何も彼でなくてもいいんですよ。


おやじさんが推薦してくれたら、俺はその人を砂漠の国に迎え入れますので」


近いうちにこの店には店員が一人増える。


その後、おやじさんが追い出したいと思う店員を俺に推薦してくれれば良い。


それが元浮浪児の青年になるか、有名店の三男坊になるかだけだ。


「気長にお待ちしてます」


「あ、ああ」


俺は娘さんにもちらっと会釈して店を出た。


 


『三男坊は砂漠の国に来る気はないだろうに』


うん、王子、良いところに気がついたね。


要するに、あの店から追い出す口実になれば良いだけさ。


『なるほど、推薦するほどの腕があれば、あの店で修行する必要がないからな』


ふふ、そういうこと。


本当に来る度胸がある奴ならチャラ男に鍛えさせても良い。


そして砂漠の国に来る気がないなら、自立するか、自分の親元に帰れってことだ。


選ぶのは娘さんだろうが、利発な彼女なら早急に返事は来るだろう。




 さて、次は地主屋敷だ。


何やらバタバタしているな。


「こんにちは、ロイドさん」


「おや、ネスさん。お久しぶりですな」


丸い眼鏡の小柄な老人が出て来た。


 執事を引退したロイドさんが屋敷にいるということは。


「もしかして」「はい、そのもしかして、です」


ということで、どうやらミランの奥さんの出産が始まったようだ。


 俺はロイドさんにミランの私室に通された。


「あ、ネスか。 良く来てくれた」


落ち着かない様子の地主に挨拶して向かい側に座る。




「経験者のお前がいてくれて助かるよ」


二年前、リーアの出産は結構大変だったのだ。


デリークトからリーアについて来た侍女であるシアさん。


サーヴで薬屋をやってるんだが、その店に居た時にリーアは急に産気づいた。


俺も王子も右往左往で、阿鼻叫喚で、とにかく皆に迷惑をかけた。


思い出すとちょっと恥ずかしい。


 あの時は、シアさんがすぐに医術者をデリークトから転移魔法で連れて来てくれて、何とか無事に産まれた。


今回は、その医術者に指導を受けたシアさんと弟子のエルフさんが中心になって付き添っている。


立ったり座ったり忙しいミランの前で、俺はゆっくりロイドさんの淹れてくれたお茶を飲む。




 バタバタと行き交う足音が激しくなる。


しばらくして元気な産声が屋敷に響いた。


「お義父とうさん、産まれたよ!、男の子!」


ミランの義理の娘であるミーアが駆け込んで来た。


「ほんとか!、おしっ」


うれしさ半分、容態の心配半分という顔でミランは部屋を飛び出して行った。


 俺はミーアを手招きして、息を弾ませている彼女にお茶を飲ませてやる。


「どうだい、弟は可愛かったかい?」


赤子はミランと同じ褐色の肌に黒い髪だったそうだ。


「元気に泣いてたわ。 こーんなに小さくって。


でも……」


興奮状態だったミーアの顔が少し曇った。


「わたし、赤ちゃんを産むってことがあんなに大変だとは思わなかった」


ああ、立ち会ったのか。


「君の時もきっとお母さんは大変だっただろうね」


あんな小さな村ではろくに医者も呼べなかっただろう。


ミーアは頷き、そして唇をぐっと引き結んだ。


「お母さんが『どんな子供でもかわいい』って言った言葉の意味が分かった気がするの」


あんな苦しい思いをして産んだ我が子が大切じゃないはずがない。


「わたし、弟と一緒にお母さんを大事にするわ」


そう言ってミーアは立ち上がり、ぺこりと挨拶をして出て行った。


これでしばらくは赤子の面倒を見るのに忙しくて砂漠の国に来る話どころじゃないだろう。




 さて、俺も帰るとするか。


ロイドさんに魔法鞄から取り出した祝いの酒を渡し、俺は裏口から地主屋敷を出た。


中庭に疲れた顔のサイモンの父親のガーファンさんを見かけたので、声をかける。


「こんな時は男は役に立ちませんね」


と笑いながら話しをする。


「そういえば、王都の砂族の教会へ行って来ましたよ」


俺がそう言うとガーファンさんは驚いた顔になった。


当然だろう。 あそこは砂族の秘密の集会所だったのだから。


「そこでイイコトを聞きました」


俺はずっとガーファンさんたちを砂族の王様のように考えていた。


でもそれは間違いで、元々は神の使いのような家系だったことが判明したのである。


「え、ええ。 でも砂漠の神はもういらっしゃらないのです」


王都では神の声を聞くことは出来なかったと彼は肩を落とす。


「でも、あなたには砂族の神事を後世に伝える義務があるでしょう?」


昨夜、サイモンは神様に神職にならないかと誘われているはずだ。


砂漠の国はアブシースの国内ではないので、特に神職になるための資格とかは必要ない。


それこそ高貴な血であればいいだろう。


 今頃、サイモンは王様になりたくないからと覚悟を決めた頃かな。


「サイモンは近いうちにあなたを頼って来ますよ」


俺は意味ありげに笑ってその場を離れた。




『ケンジは変わらないなあ』


「あはは、相変わらずなのは王子もだろ」


あ、王様だったっけ。 五年経っても慣れないな。


「そうだ。 砂漠の海側に大浴場付き宿泊施設とかどう?」


建国後、周辺国との話し合いで国の領土は砂漠地帯全域だと決まっている。


出来れば観光地化して外貨を稼ぎたい。


「そのためには港を整備してーー」


『……ホントにお前は』


王様がため息を吐いて転移魔法陣を起動したのにも気づかず、俺はずっとしゃべり続けていた。



       ~  完  ~

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二重人格王子・外伝 1 ~異世界から来た俺が国王になって五年が経ちました~ さつき けい @satuki_kei

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