第10話 砂漠の王の従者見習い 10



 話があるというので、僕たちはパルシーさんの執務室へ移動することになった。


「ユキ、もういいよ」


ネスの言葉にコクンと頷いて、ユキは子狐のところへ戻って行った。


 ネスと僕はラトキッドさんと地下の町へと戻る。 


僕たちが入ったパルシーさんの家にはサゲートさんがいて、仕事を手伝っていた。


パルシーさんが忙しいのは知ってたけど、サゲートさんが手伝っていたのは知らなかった。


僕は目を見張る。


「邪魔するっすよ」


一歩入って扉を閉めたラトキッドさんがすぐに話し始める。




「サイモンに国王陛下の従者は無理っす」


ラトキッドさんの顔はニヤケてるけど、子供相手に辛辣な言葉を投げて来た。


「な、なんでそんなことキッドさんに言われなきゃいけないの!。


この国に住んでるわけでもないのに」 


僕はつい声を荒げて、ネスがいつも呼んでいるラトキッドさんの愛称を使ってしまう。


ラトキッドさんは表情を消して僕に近寄り、ぐっと顔を寄せた。


「あのサゲートを見てりゃ分かるっしょ」


サゲートさんも、ネスと出会ったのが僕と同じ五歳くらいの時だった。


無口で優しい子だったと、ネスは懐かしそうに微笑んでいた。




 ラトキッドさんの話ではネスがノースターを出た時、サゲートさんは九歳。


王都に戻ることになったガストスさんに頼み込んで、一緒に王都へ出たという。


そしてガストスさんの元で使用人として働きながら、武官のハシイスさんと同じように王都で剣術の修行をしていたそうだ。


「サゲートは、次にネス様に会うことがあったら絶対に傍に置いてもらうんだってがんばってたよ」


礼儀作法とか文官みたいなことも進んでやってたらしい。


「はあ?、俺がノースターを出てからそんなことしてたのか」


ネスは何も知らなかったようですごく驚いている。


「ノースターの子供たちは本当にご領主様が大好きでした。


あまりにも突然で、お別れの言葉を告げることも出来ず、皆どれだけ悲しい思いをしたか」


サゲートさんは当時を思い出し、胸の辺りをぐっと掴んで痛みに耐えるような表情になった。


「成人後に故郷に帰ってからも、いつか機会が巡って来ると信じて修行を続けていました。


私は皆を代表して、こうして恩返し出来ることを誇りに思います」


サゲートさんは少し顔を赤くして、うれしそうに微笑んだ。




 ラトキッドさんが僕に冷たい視線を送って来る。


「お前も本気でネス様の役に立とうっていうなら、もっとやることがあるだろっての」


中途半端に礼儀作法や魔法を練習している僕を見透かすような目だ。


「ぼ、ぼくは」


ラトキッドさんから目を逸らしたらネスと目が合った。


「いいんだよ、サイモンはそのままで」


ネスの言葉に、ここでも子供扱いか、と僕はうつむいた。




「やっぱネス様の狙いは砂族の復興っすか」


「えっ」


僕は驚いて顔を上げた。


なんで従者の話から砂族の話になるの。


 訳が分からないという顔の僕にラトキッドさんは話し続ける。


「ネス様はあんたを従者にする気はないってことっすよ」


各地に散らばった砂族たちを集めて、ここをいずれ砂族の国にする。


ネスはそんな事を考えているらしい。


「その時に必要なのが砂族の高貴な血ってわけっしょ」


僕の父をサーヴの町において入り口にしておき、実際の砂漠の町を僕に任せるつもりだったみたいだ。


ラトキッドさんは、今度はネスを睨んでいる。


「そこら辺、はっきりさせたほうがいいっすよ」


ああ、この人は僕のことを心配して言ってくれたのか。




「僕にだって覚悟はあります!」


僕は自分なりに考えて、この国を良くしたいと思っていることをネスに訴える。


「大人になったらちゃんと国王様の仕事を手伝ってーー」


「俺の文官はパルシーさんだし、武官はハシイスがいる。


元々は平民で、何でも自分で出来る俺には従者なんて必要ないしね」


僕の言葉を遮るように、ネスが本音を漏らした。


「将来の砂漠の国に必要なのは俺じゃなくて、砂狐や砂族を引っ張っていける者だと思うよ」


そのために今は僕に国王とは何かを見せているんだとネスは笑った。


「そ、そんなの」


僕は知らない。


「この国は建国したばかりだし、安定するのはもっと先だろうけど。


早く俺を引退させてくれよな」


それまではがんばるよ、とネスが笑いながら言う。


「ぼ、ぼ、ぼくが、次のこ、国王さまって、こと?」


僕は周りの大人たちを見回す。


誰も驚かないってことは、皆もう知ってたの?。


「そのためにも、これからも厳しく教育させていただきます」


眼鏡をクイッと上げてパルシーさんが答えた。


 


 これはどういうこと?。


僕を王様にしようとしているの?。


ネスが似合わない真面目な顔をする。


「ティアや、この国に住む皆のためにもお前には期待してる」


なんだよ、それ。 僕に勝手に期待されても困る。


「俺の代理が必要なんだよ」


常に何かあった時のために準備をしておく。


それは大切だと大人たちは頷いた。


「そ、そんなの、ネスのわがままじゃないか!」


僕はそんなことしたくないのに巻き込まれたって怒りが湧いた。


「ああ、そうかもな。 でも、俺が国王になったから出来るわがままだ」


「くっ」


王様に名指しで任命されたら拒否なんて出来ない。


笑顔のネスに僕は何も言い返せなくなってしまう。


だけど、一言だけ言い返せた。


「ネスのばかあああ!」




 僕はそのままパルシーさんの家を出て、地下の町を駆け抜けた。


気づいたアラシが追いかけて来る。


地上に出た僕は、何故か塔に足を向けた。


「はあはあはあ」


やみくもにただ駆け上がって来たけど、何かをしようと思ったわけじゃない。


たぶん、誰にも会いたくなかったんだ。


「ネスがそんなこと考えてたなんて」


国王様に期待されるなんて本当はうれしいはずだった。


だけど、僕がなりたかったのは従者であって王様じゃない。


僕は壁に背を付けたまま、ずるずると座り込む。




 目の前に神様に捧げる供物を乗せた祭壇がある。


塔の屋根の一部にはステンドグラスっていう色とりどりのガラスが入っていて、月の光が床にその色を映し出す。


アラシと一緒にぼんやりとその不思議な色を見ていたら、少し気持ちが落ち着いてきた。


「ごめんね、アラシ。 驚かせたね」


子供の頃よりしっかりした毛並みになったアラシの黄金色の背中を撫でる。


そうしているうちに少し落ち着いた。


【ネスにいじめられたのか?】


「あはは、そんなことないよ。 ネスのわがままはいつものことだろ」


突然現れて、突然国を造って。


だけど、僕たちはそんなネスについて来たんだ。


サゲートさんたち同様に、僕たちはネスのことが大好きだから。




 僕は、ここで祈りを捧げているネスをいつも見ている。


まだこの目で見たことはないけど、神様は本当にいるんだというのは聞いていた。


色々な条件があって、国王様以外は一年に一度しか会えないっていうのも知っている。


「神様はどう思ってるのかな」


ぽつりと呟いた。


僕なんかが王様になんてなれっこないけど、そうなってしまったら神様だって困ってしまうよね。


『おにいちゃん、なにかこまってるの?』


突然、声が聞こえた。


驚いて立ち上がり、周りを見回すけど誰もいない。




「だ、だれだっ」


『ごめんね、まだちからがたりなくて、すがたはみせられないんだ』 


なんだかしょんぼりした子供の声だ。


「え、ま、まさか」


ネスが言ってた。 この国の神様はまだ子供なんだって。


『うん、ぼく、かみさまってよばれてるよ』


「あ」


そうか、これ、頭の中に声が聞こえてる。


本物だ!。


「神様、お願いします」


ネスの真似をして、改めて膝をついて祈る姿勢をとる。


神様なら僕のお願いを聞いてくれるかも知れない。


僕は王様になんてなりたくないんだ!。


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