第9話 砂漠の王の従者見習い 9



 地下の町にあるパルシーさんの家には、国の仕事をするための部屋がある。


文官のパルシーさんがいつも書類仕事をしている執務室っていう部屋だ。


パルシーさんの事務机の他に国王様用の机があり、たまにお手伝いする人用の予備机も二つ置いてある。


「何しに来た」


そこに集まった僕たちの目の前で、明るい茶髪のチャラい男性が笑っていた。 


 軍の諜報兵のチャラ男さんことラトキッドさんはいつも忘れたころに突然やって来る。


「ネス陛下に会いに来たに決まってまーす」


相変わらず口調が軽い人だ。


「で、なんで黒豹のおねえさんまでいるの?」


ネスが睨むとラトキッドさんの後ろから黒豹の獣人のおねえさんが顔を出した。


「どーもー」


以前、奴隷になって買われてきたところをラトキッドさんとネスが助けた女性獣人だ。


王都へ返す手続きに時間がかかったので、しばらくの間サーヴの町で暮らしていたから僕たちも知っている。


「なんか、陛下にお願いがあるらしいっす」


ラトキッドさんは王都で獣人のおねえさんの隠れ酒場でお世話になっていたらしい。


「諜報は心が休まる場所が必要なんっすよ」


「あーそ」


ネスは大きくため息を吐き、黒豹のおねえさんに向き直った。


「何の御用でしょう?」


「うふふ、休暇のつもりで来たけど、気が変わったわ。


この国でお店を出してもいい?」


「は?」


ネスとパルシーさんが顔を見合わせた。




 パルシーさんがむむっと考え込む。


「お店を出すことは可能です。 移民も受け入れていますしね」


だけど、


「儲かるかどうかは保証出来かねますよ?」


と、眼鏡の奥の瞳を光らせた。


「あー、それは仕方ないわよ。 この国はまだ貨幣が流通してないっぽいしね」


よく知ってるな。


この砂漠の国内では全て配給だし、農作物などの収益のほとんどは国に入り、皆の共有の財産になる。


つまり、ここでは物々交換が主で住民はお金なんて使わない。


個人で隣りのサーヴやデリークトの港町で商売して稼いでる人たちはいるけどね。




 ネスはラトキッドさんを横目で見る。


「何かヘマでもやったんだろ」


「まーねー」


どうやら、おねえさんの店にラトキッドさんが入り浸ったせいで、軍の関係者が頻繁に出入りする店になってしまったらしい。


「つまり、目を付けられたのか」


アブシースの王都ではまだまだ亜人排斥の動きが根強い。


「亜人嫌いの教会からも、人族嫌いの獣人仲間からも苦情が来ちゃって」


黒豹のおねえさんはぺろりとピンクの舌を出す。


「ここなら煩わしいことなんてないもの」


何もない砂漠を見渡してそう思ったと、そのしなやかな身体で伸びをする。


「よろしくお願いしまっす」


責任を感じているのか、ラトキッドさんが頭を下げた。


「……分かった。 とりあえずサイモンに空き家を見せてもらえ」


僕は地下街に二人を案内することになった。




 夕食の時間は砂漠の住民、ほぼ全員が塔に集まる。


皆に黒豹のおねえさんの事情を説明し、了承された。


「ふう、詳しい話はまた後日だ」


ネスがホッとしたように息を吐いて座った。


「はい。 ありがとうございました」


黒豹のおねえさんは色っぽく微笑む。


その横ではラトキッドさんが夢中でご飯を食べている。


「はふはふ、やっぱりここの飯はうまいっす」


ネスがラトキッドさんの皿から魔鳥の唐揚げを奪い取るのを見て、僕は呆れた。


王様、何やってんの。




 ネスは、ぎゃあぎゃあ騒ぐラトキッドさんを無視して、向かいに座るサゲートさんに話しかけた。


「沼地の魔獣は硬そうだったな」


「ええ、とても」


礼儀正しく食事をしていたサゲートさんが頷く。


静かで、優しくて、強いなんて、まるで騎士様のようだ。


 サゲートさんは十八歳。


拾われっ子で、養子になった温泉宿の手伝いをしながら、町の自警団に所属していると聞いた。


「良い武器のお陰です」


サゲートさんたちの住む北の領地ノースターでは隣国イトーシオと交易がある。


 イトーシオはドワーフ族と人族が共存している国だ。


交易品は金属製の武器や防具が多い。


サゲートさんの装備はそのドワーフ製らしい。


この辺りの町では滅多に手に入らない。


そんな高価な物まで支給されてるなんて、ノースターは豊かなんだな。


「それに、雪に足を取られない訓練が沼地での戦闘に役立ちました」


そういえば、沼地を軽々と走ってたっけ。


まあ、砂漠生まれの僕は雪がどんなものか分からないけど。




 今回、イトーシオの王太子に嫁いだネスの妹さんの件でサゲートさんたちがやって来た。


僕も妹さんが以前から砂狐を欲しがっていたのは知っている。


旦那様が魔獣が大好きなんだって。


北の国には砂狐みたいに家畜になりそうな魔獣はいないそうだ。


「ルーオさん、砂狐の調教は何とかなりそうですか?」


ネスの質問に食事に夢中のルーオさんは気づいていない。


『獣の祝福』持ちのルーオさんは二十歳。


サゲートさんより年上なのに、いまいち落ち着きがない。


「ルーオさん」


僕は彼の脇腹をつつく。


「ゔー、ぐぁ」


「食べてからでいいですよ」


ネスは笑って諦めた。




 砂狐の世話をしている僕が嫌がるから、ネスは今まであまり遠くに子狐たちを渡さないでいてくれた。


でも今回、母狐のユキに相談したら、


【この子がネスのお役に立つなら】


って、そんな言葉が返ってきた。


「すまん」


ネスはそれ以上、何も言えなかった。


 僕たちは子狐を送り出すだけで向こうで面倒を見られる訳じゃない。


ユキに「ちゃんと可愛がる」とか、「絶対大事にする」とか言えない。


だからネスは、北の国に行くなら、せめて信頼出来る世話係りを付けてやりたいって言ってた。




 食後のお茶を飲みながら一息つくと、サゲートさんは、


「今回のこと、ご指名いただき感謝しております」


と、ネスに微笑んだ。


 この国から、国同士の友好の証として砂狐を贈る。


それがアブシース国のネスの弟さんが考えたこと。


サゲートさんとルーオさんは、一旦、砂漠の国の民となり、こちらの使者としてイトーシオ国に赴く。


今のノースター領の代表はネスに借りがあるらしく、二人の件に関してはすぐに了承された。


交代の者が行くまで向こうに滞在することになるだろう。


下手をすれば長期になるため、寒さに強いというドワーフの血を引く二人に依頼したという。




 食事が終わり、住民は思い思いに塔を出て行く。


ティア様が眠ってしまったので、ソグさんがリーア様と共に寝床へ運んで行ってくれた。


「あのー」


見送っていたら、少し小さな声でルーオさんに話しかけられた。


「ん?」


「砂狐の件ですけど、納得してます?」


ルーオさんが言いたいことは何となく分かる。


僕は口では反対はしないし協力もするけど、心のどこかで嫌がってるのが顔に出ちゃうみたいだ。


「ええ、ちょっとだけ」


僕はルーオさんに苦笑いで答えた。




 さて、どうやって話そうかな。


僕は塔の最上階に上って行く。


ここには神の祭壇があり、朝晩の二回、ネスはここで祈りを捧げている。


いつもユキが一緒だ。


「子狐の件か?」


祭壇の前にネスの後姿があった。




 ネスは砂漠を見渡せる窓によりかかり、ユキはその足元に座る。


【ネス、あの錆色も一緒に行くの?】


ユキがネスを見上げるとネスは頷いた。


「そうだな、そのほうがいいだろうと思ってるよ」


しばらくの間、あの錆色と白い子狐を一緒に遊ばせて相性を見ることになる。


ネスがユキを宥めるように撫でる。


「サイモン、何か言いたいことがあるんだろ?」


「あの」


僕が一言いいかけると、後ろから突然声がした。


「はあい、ありまっす!」


なんでラトキッドさんがここにいるの?。


僕は振り向いて、チャラそうな男性をにらんだ。


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