第8話 砂漠の王の従者見習い 8


 夜明け前に崖の下に到着し、ひと眠りした後に崖を上る。


少し前に、砂狐たちが魔力を使わなくても上り下りが出来るようにとネスが壁づたいに階段を作ってある。


普段は悪用されないように魔法で隠されているので、それを解除して上るんだ。


「お、おお」


上り切ったルーオさんが目を丸くしているのも無理はない。


 ここはとってもきれいな場所なんだ。


遠く白い雪山を背景に青く透き通る湖。


手前の沼地には白くて細い木々が突き刺さるように生えている。


足元は魔力が豊富であることを表す濃い緑の草花で覆われていた。


おかげで魔力を好む魔獣が多く棲んでいるんだ。


「アラシが何か見つけたら、すぐに隠れてくださいね」


危険な魔獣に見つかる前に砂狐の群れに気付いてもらえるといいけどな。


【こっち】


アラシについて行く。


「静かだね」


「うん」


音のない世界。


水の音さえしない。


「おかしいね」


「うん」


アラシを見失わないようにしながら僕とルーオさんは慎重に進んだ。




 ふと、アラシが足を止める。


グルルルル


「アラシ?」


今まで聞いたこともないアラシの唸り声に僕は危険を悟る。


「どうしたー」


「危ないっ」


僕は、急いで近寄ろうとしたルーオさんを引き倒す。


「うわっ」


二人で沼地に転がると、アラシが何かを牽制するようにジリジリと動いているのが見えた。


「あ、あれは」


沼の水の中に何かが潜んでいる。


「そっと離れるんだ。 アラシ、お前も来い」


僕は静かに後退するように指示する。


情けないことに足が震えてうまく歩けなかった。


ズリズリと這いずるように少しずつ沼から離れる。




 その時、目の前の沼の水がザバーッと盛り上がり、その中に黒い影が見えた。


「ヤバいっ!」


ルーオさんが叫ぶ。


分かってる。


でも足がうまく動かないんだ。


ルーオさんの襟首を掴んで引きずるが、二人とも沼に足を取られて転ぶ。


【サイモン!】


アラシが僕をかばうように沼との間に立つ。


トプン、トプン


沼の中を歩く重い足音が聞こえる。


巨大な魔力と身体で全身鱗に覆われた魔獣だ。


「あ、う」


僕は恐怖で全身を強張らせた。


グルルルル


アラシが魔獣に向かって必死に殺気を放っている。




キャオーン!!


どこからか、甲高かんだかい、まだ若い砂狐の遠吠えが響いた。


「うおっ」


僕もル―オさんも耳を塞ぐほど魔力が込められた大きな叫びだ。


でも、そのお陰で僕の身体の強張りがほどける。


キャオーン、キャオオーーーン


それに応じるように遠くから足音が聞こえて来た。


パシャパシャパシャパシャ


そして、その足音が僕たちの横を通り過ぎ、アラシがそれと交代するように僕の側に下がって来た。


「あ、あれは」


ルーオさんが何とか立ち上がり、僕の腕を引っ張りながらそれを見ている。


「うおおおおおお」


水飛沫みずしぶきと泥が跳ねた。


カンッ、カンッ、ガンッ!


何度か硬いものを打ち付ける音が響いていたけど、しばらくあって、ドーーーンッという振動と共に何かが倒れた。




「無事か、サイモン!」


倒れた黒い魔獣を唖然と見ていた僕たちは後ろから声をかけられた。


「あ、ネス」


「良かった」


抱き寄せられ、ネスの胸に顔を埋める形になった。


すぐにネスから泥を落とす魔法がかけられて、僕は何だかホッとして涙が出そうになる。


 そして物音がしたほうからゆっくりと人影がこちらに戻って来た。


「ふぅ。 何とか倒せましたよ、ネス様」


「ああ、ありがとう。 サゲート」


沼地に足を取られることなく、パシャパシャと軽い足音をさせてサゲートさんが戻って来る。


ゴポゴゴポ……


重そうな音を立て、倒された魔獣が沼に沈んでいく。


「さて、ここはまだ危険だ。 移動しよう」


「はい」


ネスが先に歩き出し、何とか立ち上がった僕を支えるようにしてルーオさんとサゲートさんがその後ろを歩く。


アラシは先に駆けて行ったと思ったら、少し開けた場所に多くの砂狐の姿が見えた。




 その群れの中から「キャオーン」と甲高い声がした。


「さっきの声……」


黒とオレンジ色の混ざる、珍しいさび色の毛色の砂狐。


【それは誰だ】


錆色の砂狐は警戒の色を消していない。


「ルーオさん、あれです。 僕のお薦めの若いオスの砂狐」


僕は自分のことにように自慢気に笑顔を浮かべる。


群れの中では魔力が高くて、群れを引っ張る者として期待されている若い狐だけど、彼自身は外に出たがっているんだ。


「落ち着け、こいつは仲間だ」


ネスがサゲートさんとルーオさんを砂狐たちに紹介した。


【ほお、遠い国から来たのだな】


黒い長老の砂狐がネスの側に座り込み、フンフンと話を聞いている。


 水筒を傾けて一息ついているとネスが僕を手招きした。


「あの錆色が欲しいんだろ?。 ちゃんと話を付けろ」


う、欲しいって、モノじゃないんだけど。


でもちゃんと僕が話をしなきゃいけないよね。


「長老様、錆色のあの子を北の国へ送り出す気はないですか?」


【ほお?】


錆色の若狐が目を輝かせて、尻尾をユラユラと振る。




 さっきのような大型魔獣の多い土地。


そのため、大きな群れで移動していると見つかり易いので、この砂狐の群れは頭数をあまり増やさないよう調整している。


【しかし、お前たちのお陰で命を落とす仲間が減った】


長老は周りの砂狐を見回しポツリと呟く。


【そろそろ砂漠に戻る時が来たのだろうかの】


「うん、俺たちはいつでも歓迎するよ」


ネスは長老の目を見てニコリと笑う。


「日頃は砂漠の町に住んで、ここへはたまに狩りや腕試しに来ればいいさ」


【そうじゃな】


群れで話し合いと引っ越しの準備をするというので、僕たちは砂漠に帰ることにした。


帰りはネスの魔法陣で飛んだので一瞬だった。




 僕はお説教を覚悟していた。


夕食時間の塔の中は住民が全員集まっている。


僕は皆に黙って出かけたことを謝った。


「あんまり心配させるな」


そう言われて、皆に次々と頭を小突かれたけど、それだけだった。


「お前はもう子供じゃないんだろ?。 自分で責任をとれ」


ネスがニヤリと口元を歪めて笑う。


「うん」


サゲートさんにお礼を言って、ルーオさんには危ない目に遭わせたことを謝る。


「そんなことでは、まだまだ見習いだな」


砂トカゲのソグさんは頭にティア様を乗せたまま、僕にそう言った。


僕は国王の従者なのに、いつもその国王に助けられてばかりだ。


未熟なのは自覚してる。


「まあいいさ。 お陰で砂狐の長老がやっと崖を下りる決心を固めたようだしな」


ネスは機嫌良さそうにパンを頬張った。


 


「近いうちに砂狐の群れをこの国に受け入れる事になると思います。


よろしくお願いします」


僕は、食後のお茶を配りながら皆にお願いして回った。


 翌日からルーオさんや砂族の男性たちに手伝ってもらい、湖の側に砂狐たちの砂避けの小屋や、地下の町の中にも砂嵐の避難場所を作っておく。


砂族の人たちは、自分にも砂狐の相棒が出来るかも知れないと期待しているみたいでうれしそうに手伝ってくれる。


でも相棒になってもらうには長老の許可がいるし、相性も良くなければいけない。


結構難しいよ。


「おやあ?、また砂狐が増えるっすか」


「ぎゃああ!。


キッドさん、いつも突然現れないで下さいって言ってるじゃないですか!」


「あははは。サイモンは反応が面白いからなあ」


そんなことを言いながら、ラトキッドさんは子狐たちを見回している。


ああ、この人も砂狐の相棒を欲しがってたんだっけー。


「この砂狐たちで軍隊隊作りたいっすねえ」


え、相棒じゃなかったの?!。


一匹だけじゃなく、全部?。


「魔力察知に気配遮断。 優秀な斥候部隊になると思わないっすか?」


ニコニコ顔で物騒なこと言う人だ。


僕はブルブルと顔を横に振った。


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