第7話 砂漠の王の従者見習い 7
ティア王女と白い子狐が塔の周りで遊んでいる。
その傍でリーア様と僕とアラシが見守っている、いつもの風景。
そこに昨日来たばかりのルーオさんがそっと近づいた。
「こんにちは、ティリシア様」
子狐にはまだ名前は無い。
新しい相棒が決まったら付けてもらおうと思っている。
さすが『祝福』持ちのルーオさんはしっかりと子狐の興味を引いていた。
ユキの子はコロコロと転がって遊んで欲しそうに見上げた。
ネスは塔の外に椅子を出して、ハシイスさんとサゲートさんを交えて何か話し合い中だ。
ユキはネスの足元で寝そべりながら耳だけはこっちを向いている。
ネスはこの砂漠でまた砂狐たちが暮らせるようにしたいと言った。
砂族の一人として僕も手伝いたいと思っている。
今はまだこの国の砂狐の数は少ないけど、将来一緒に住めるように仲良くなっておきたいんだ。
「やっぱり砂狐には砂族が一番だね」
いつの間にかルーオさんが僕の側に来ていた。
「本当に北の国に連れて行くの?」
僕はついルーオさんに訊いてしまう。
「うーん、どうかな。
俺はただ、砂狐を寒い土地でも生活できるように何か考えてくれって言われただけだけど」
そうだよね。 ルーオさんは悪くない。
「あんまり小さいうちに親と離すのは良くない」
ルーオさんの話では、連れて行くにしても、もう少し大きくならないとダメらしい。
僕は、子狐がすぐにいなくなるわけじゃないことにホッとした。
お客さん二人はしばらくの間、この国で生活することになった。
ルーオさんは子狐と魔鳥の世話を買って出てくれるし、サゲートさんは常にネスの側にいる。
僕はすることがなくなって、アラシと一緒に他の砂狐たちの世話をすることにした。
ユキの子供より少し先に産まれた砂狐は他にもいるからね。
もうすぐ群れに帰ってしまうその子狐たちに、人との過ごし方に慣れてもらいたいと思う。
「皆は人族のことは好き?」
砂狐は魔獣なので人族より長生きで、魔力がある場所なら餌が少なくても生活が可能なんだって。
昔は砂族と共に砂漠で暮らしていたけど、今は砂族自体がほとんどいない。
今の若い砂狐たちは人と暮らしたことがないんだ。
【わかんない】
「そっか、そうだよな」
僕はニャウニャウと喜ぶ彼らを一匹ずつ撫で回す。
魔鳥の世話を終えたルーオさんが白い子狐の様子を見にやって来た。
砂狐を連れて行こうとしてるこの人たちのことは好きにはなれないけど、僕は国王の従者だからそんなことも言ってられない。
ちゃんとしたお客さんなんだから。
「実は砂族の君にお願いがあって」
ルーオさんは、しゃがみ込んで世話をしていた僕と真っすぐに視線を合わせた。
本当にこの人は獣のことに関しては真っすぐというか、真剣に考えている。
「はい。 何でしょうか?」
そして、彼は周りにいる若い砂狐たちを見回す。
「この中にあの白い子狐と相性の良さそうな子はいない?」
「それは」
僕は驚いて声に詰まった。
「
「うん。 ネス様がひとりじゃ寂しいだろうからって」
「そう、ですか」
ネスは本気で子狐たちを北の国へ行かせる気なんだ。
僕の大切な砂狐たちを。
「そうですね」
ゆっくり考える。
次々と今まで遊んでくれた砂狐の子供たちの姿が浮かぶ。
胸が少し痛いけど、子狐たちもいつかは巣立つ時が来る。
僕だって子狐たち全員に責任を持てるわけじゃないのは分かってる。
それでも、まだ早いって気がするんだ。
「……この砂漠の向こう、山がうっすらと見えるでしょう?。
あそこに野性の砂狐の群れがいるんですが、その中に強い子がいます」
砂漠から北国へ移動するのだ。
まだ幼い子狐よりある程度戦うことに慣れた若い砂狐が良いと思う。
「おお、それはいいですね。 会えますか?」
僕はこくんと頷く。
「ご案内します」
一度、ネスのところへ行って許可をもらう必要がある。
「あの、ネスは?」
ルーオさんを連れてさっきまでネスたちがいた塔へ入ると、サゲートさんしかいなかった。
「ああ、急な用事でサーヴまで行ったが」
ハシイスさん付きで転移魔法で飛んで行ったのか。
「そう、ですか」
んー、どうしようかな。
ルーオさんの足元で白い子狐がコロンコロンと遊んでいる。
今まであまり母親のユキから離れなかった子狐が、よく知らない相手に甘えていることに僕の胸がザワザワする。
一日くらいならネスに報告しなくても大丈夫かな。
「ちょっと遠いので準備が必要です」
僕はルーオさんに崖の上の状況を説明した。
砂狐の群れがいる崖の上は砂漠とは気候が全く違う。
大きな湖があり沼地が多く、気温が低い。
それに土地に魔力が多くに含まれるため、大型の魔獣が棲んでいる。
「危険な場所ですから」
と言うと、ルーオさんは背中に担いだ鎚を叩いてニヤリと笑った。
戦いには自信があるっぽいね。
僕はネスのように転移魔法が使えないので泊りがけになる。
「アラシ、おいで。 僕たちも用意しよう」
【わかった】
ルーオさんがサゲートさんに事情を話している間に僕は自分の部屋に戻って支度しなきゃ。
「ネス様に話さなくていいのか?」
地下の町に戻る僕をサゲートさんが追いかけて来た。
「会いに行くだけなので、すぐに戻ります」
大丈夫だと無表情で答えた。
移動は昼間より夜のほうが楽だ。
気温が高くなる季節は特に。
留守の間の家畜の世話は砂族の青年ポルーくんに任せることになっている。
僕とルーオさんは昼間ゆっくり休んでおき、夕食を早めに済ませてアラシと一緒に出発した。
「はぁはぁ」
ドワーフ族の血を引くルーオさんは筋肉質の重そうな身体を無理に動かす。
「辛かったら休憩しますよ?」
「い、いや、大丈夫だ」
砂漠の向こうに蜃気楼のように霞んだ山が見える。
距離はさほど無いように見えるが、これが見た目より結構遠い。
砂漠で生活する必需品としてネスはお客である彼らに<砂防御><耐熱>の装備を渡していた。
僕は砂族なので当然砂に対しては耐性が高いので平気だ。
アラシが心配そうにルーオに付き添う。
何だろう、僕はそれも気に入らなかった。
何度か休憩しながら砂漠を抜ける。
足元が固くなるとルーオさんはホッとしたように地面を踏みしめていた。
「この辺りは魔法柵が無いので獣が出ます」
砂漠には滅多に入って来ないけどね。
崖の一部に砂狐が休憩に使っている巣穴があって、先客が居なければ僕らも使える。
大丈夫みたいだ。
「ここで夜明けを待って、明るくなってから崖を上りましょう」
「ああ、もう少しで会えるのか。楽しみだな」
ルーオさんは本当に獣が好きなんだな。
でも砂漠を歩くのは慣れないととても疲れるので、横になってすぐ寝てしまった。
夜明けまでまだ少しある。
僕もアラシに寄り添って仮眠を取ることにした。
手を伸ばして黄金色のアラシの背を撫でる。
見た目より柔らかな手触りに何だか安心する。
「いつもありがとう、アラシ」
両親が側に居なくても平気だったのは、友達とネスとアラシが居てくれたから。
【サイモン、少し眠れ】
アラシは僕より大人になったね。
「うん、分かってるよ」
ユキとアラシと僕とネス。
コロコロと戯れあって遊んだ日々を思い出す。
夢の中で小さな子狐が鳴いている。
おかーさーん、おとーさーん。
一人にしないで、置いていかないで。
どうして側にいてくれないの?。
僕は悪い子だったの?。
リタリー、ネスー、アラシー。
白い子狐が、うずくまる小さな男の子の姿に見える。
「あ……」
あれは僕?。
【どうした、サイモン】
アラシの声に目を覚ますと、知らずに涙が流れてた。
「何でもないよ」
何でもないんだ。
ただ嫌な夢を見ただけ。
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