第6話 砂漠の王の従者見習い 6


 僕たちはその二人の客を連れ、ネスの転移魔法で砂漠の真ん中の国へと帰る。


見送りに来たお父さんが「お母さんからだ」とお菓子を色々渡してきた。


一応「ありがとって伝えて」とは言ったけど、いつまでも幼い子供扱いにため息が出る。


まあ、成人まであと三年あるけど。


 湖の側に着くと、すでにリーア様とティア様が待っていた。


「ただいま」


「おけーりー、ねしゅうー」


ネスが小さな娘を抱き上げ奥さんに口づけしているのを、遠い町から来た二人はポカンと見ている。 


「夕食の時にでも他の皆に紹介するよ。 とりあえず、それまでは休んでくれ」


ネスが家族を紹介したあと、ぞろぞろと地下の町の中に入る。


僕は驚いてキョロキョロするお客さんに独身者用の部屋を案内し、必要なものがないかを聞く。


その後、ネスが二人に話があるみたいなので僕は席をはずすことにした。


「では皆に伝えて来ますね」


「ああ、頼む」


僕が礼を取って離れるのを、客の薄茶の髪の男性がじっと見ていた。


なんだろう、背中がちょっとむず痒い。




 湖の側の塔の中は休憩所兼食堂になっている。


厨房と六人づつ座れる木の食卓が六つ。


真ん中にどーんと広めの台があり、お茶や軽食がいつでも乗っていた。


そして毎日、国民全員がこの場所に集まって夕食を取ることになってる。


ネスがその日の報告や困っていること等、皆からの話を聞く時間だ。


 夕食を作るのは当番制。


勝手に取っていい料理やパンは大皿で真ん中のテーブルに置かれる。


僕はそこにお茶の入った入れ物を置き、ネス一家と客のいるテーブルに座った。




「君の他に使用人はいないの?」


客のひとり、あの薄茶の髪の男性はずっとにこやかな微笑みを浮かべていた。


ネスが『チャラ男』って呼んでるラトキッドさんに雰囲気が似てる。


あの人、ここにも時々現れるんだけど、いつの間にかすぐ傍にいてビックリするんだよな。


いつもニヤニヤして軽い感じなのにトカゲ族の騎士ソグさんと同じくらい強い。


そんなラトキッドさんに似てるのが何だか気になる。


「はい、そうです。 僕はネス……さまに一番近い従者、の見習いです」


「そう」


それっきり彼は黙ってしまった。




 二十名ほどの住民が集まり夕食が始まる。


国王一家、僕、文官のパルシーさん、武官のハシイスさん、砂族の青年ポルーくんとムーケリさん一家、


職人のデザさんとピティースさん、砂トカゲ族のソグさん。


昼間はサーヴの町で働いていて、夜だけ戻ってくるシアさんとキーンさん夫婦。


国民ではないけど、しょっちゅう出入りしてるエルフさんたちや、狼獣人の親子も来ている。




「こっちの濃い茶髪のガタイの良いほうは、サーヴの町にしばらくいたから知ってると思うが」


食後のお茶を飲みながらネスが紹介を始めた。


「ルーオです。 北のノースター領で修行してます」


『獣の祝福』を持つ彼は野性や家畜などの獣だけでなく、魔獣も扱うことが出来る。


砂漠の国で飼われている大型魔鳥も、彼がサーヴにいた頃にその祝福の力を使って品種改良したものだ。


 しかしルーオさんはその頃、ここにいる鍛冶師で革細工職人の女性ピティースさんに迷惑をかけた。


そのピティースさんのジト目に少しビビってる。


「ぷっ、くくっ、あはは。


大丈夫だよ、ルーオ。 私はもう気にしてないから」


そう言って突然笑い出したピティースさんに皆ホッとした顔になった。




 薄茶の髪の男性が立ち上がり、


「私はサゲートといいます。 幼い頃、ノースター領でネス様に大変お世話になりました」


と言って、ネスに対し深く感謝の礼をとった。


同じ領地の出身だというハシイスさんも頷いている。


どうやらネスは北の地でもサーヴと同じような事をしていたようだ。




 ノースターというのはアブシース国の最北端、最南端のサーヴとは正反対の位置にある。


ネスは王宮を出た後、その領地で過ごし、その後放浪しながらサーヴにやって来た。


「ものすごく寒い土地で、冬になると雪というものが降って外に出ることも出来なくなります。


晴れの日が少ないので、色白の人が多いんですよ」


穏やかそうな彼に質問が殺到したが、嫌がることもなく、色々と話してくれる。


「普段は何をしてるんだい?」


以前はドワーフ族であることを隠していたピティースさんも、二人ともドワーフ族の血が流れているというので興味津々だ。


「自警団に所属していますが、実家の温泉宿も手伝っています」


辺境地であるノースターには国境もある。


「ノースター領はドワーフが多く住んでいるイトーシオ王国の隣なので」


交易のためドワーフの商人の姿も見ることが出来る土地だそうだ。


そうか、だからネスはサーヴの町で失敗したルーオさんをノースター領に送って、サゲートさんに預けたのか。




 ルーオが頷く。


「俺もノースターに行って驚いた。


アブシースの王都じゃドワーフは嫌われてると言われていたから」


ルーオは孤児だった。


ネスの慈悲でノースターから王都の教会に送られて、その後『祝福持ち』である事が分かった。


しかしだんだん成長すると容姿がドワーフのようだと言われはじめて悩む。


自分が一体何者なのか知りたくなり、サーヴの町でピティースを見た彼は、仲間だと思って声をかけてしまったのである。


 アブシース国ではドワーフも砂族も人として扱われていない。


今はだいぶマシになったらしいけど、以前は見かけが似ているというだけでも嫌われたのだ。


だから、町では種族を隠して生活している者が多い。


それを他人に疑われるような事を言われ、ピティースは町に居ずらくなって砂漠の町に来たのである。


「ここでは気にしなくていいからな」


砂漠の真ん中にあるこの国にはいろんな種族の者がいる。


「ゆっくりしていけばいいよ」


ネスはそう言って微笑んだ。




 エルフの血を引くネスは、そのせいで第一王子だったのにアブシースの王宮で死にかけたんだ。


僕はそれが許せない。


「アブシースから独立出来て本当に良かったです」


静かに怒りを込めた僕の声に、隣りに座っていたサゲートさんが大きく頷いた。


僕を見るサゲートさんの目が優しい。


「その通りです。でも……」


「あ」


その時、僕はその目がネスを見るラトキッドさんに似ていることに気づく。


「私はネス様に忠誠を誓う者のひとり」


僕にだけ聞こえるような小さな声。


「ネス様に何かあればキミでも許しませんよ」


口元を歪めて笑うサゲートさんに、僕の背筋がゾワッとした。


「は、はあ」


戸惑って曖昧な返事しか出来なかった。




 食事が終わり、各自が部屋へ引き上げていく。


明日は砂狐たちと直接交流することになっている。


「気に入ってもらえるといいけど」


ルーオさんが今回交渉するのは子狐のいる親狐。


「遠い国に連れて行くことになるからなあ」


ネスもちょっと心配そうだ。


何しろ、今回の一番の候補はネスの相棒である白い砂狐のユキの子供だ。


 五年前に産まれたユキの子供は、サーヴの町の自警団所属で父親であるクロが育てている。


まだ若いが立派に警備を勤めているそうだ。


その子狐は黒い毛色の男の子だったが、今回産まれたのは女の子。


「ユキが納得してくれるといいけどな」


母親譲りの真っ白な綿毛のような毛並み。


愛くるしい瞳はまだ黒いけど成長するにつれて砂色に変化していく。


「ユキに似て魔力が高い子だから、うまくいけば北の国でも生きて行けるかもしれない」


足元で尻尾と遊んでいる子狐を、ネスは愛おしそうに、そして悲しげに眺めていた。


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