第5話 砂漠の王の従者見習い 5
ミラン様のお屋敷に行くとお父さんは仕事部屋に入り、僕はミーアを呼んでもらう。
ミーアは地主家のお嬢さんだけど、僕は砂族の高貴な血筋なので敬語はいらないってサーシャさんが言ってた。
複雑ではあるんだけど、ミラン様もいいよって言うので、僕とミーアは対等な友達という関係だ。
僕たちは屋敷の中庭にある休憩用の木の長椅子に座る。
「サイモンも私が砂漠の国に住むのは反対なの?」
「いや、そんなことはないよ。 ミーアは僕の仕事を手伝ってくれるし」
でも、それとミーアが砂漠の国に住むのは違うと思う。
今までも通いで手伝いに来てくれる人はいた。
「砂族の、本当のお父さんに何か言われた?」
「え?」
ミーアは驚いた顔で僕を見た。
彼女が実の父親と手紙のやり取りをしているのは知っている。
元夫を嫌っている母親に隠れて読んでいた。
「ど、どうして分かったの」
ミーアは少し顔を赤くして目を逸らす。
「何故って、見てたら分かるよ」
昨日の夜も、失恋しそうだから砂漠の国に行きたいっていうバカがいたからね。
彼女は何を恐れて逃げようとしているんだろう。
「お母さんのことが好きなんだろ?。
ミラン様のことも嫌いじゃないんだろ?」
産まれてくる弟か妹のことも楽しみにしているはずなのに。
「本当のお父さんのこともー」
ミーアはキッとした顔を上げて、僕の言葉を遮った。
「嫌いよ、あんな人。
二人で一緒に住もうって言うくせに、お母さんのことを諦められなくてグチグチ言う人なんて」
へー、そうなんだ。
「それで、お父さんが嫌いだから逃げ出すの?」
「違うわっ。 誰も私のことなんて見てないの」
ミーアの目には、新しい夫とお腹の赤ちゃんに恵まれて幸せそうな母親は、もう自分には興味がないように見えた。
そして元妻の話ばかりする父親も、ミーア自身を望んでいるふうには見えなかった。
「だから、私も一人で生きていくの。 サイモンみたいに」
「ちょっと待って。 僕のことは関係ないよね」
彼女は首をぶんぶんと横に振った。
「いいえ、サイモンは立派よ。
まだ子供なのに親が止めるのも振り切って、自分で砂漠の国に行くって決めたでしょう?」
あー、確かにそうだけど。
ミーアは顔を赤くして俯き、僕の顔をチラチラ見る。
「それに」
ミーアが何か言いたそうなのにはっきり言わない。
こっちの機嫌を窺うような態度に僕は少しイラッとした。
「なに?」
女の子相手だけど、声を低くしてちょっと睨んでみる。
「わ、わたし、あの、サイモンが、す、好き、だから」
「は?」
僕はポカンとミーアを見た。
「あ、あの、お嫁さんになりたいとか、まだそんなんじゃないけど、いつかサイモンの役に立ちたいっていうか、一緒にいたいっていうか」
家族より大切ってことか。
それは僕にとってのネスみたいなものなのかな。
「分かったよ」
僕が砂漠の国に行けたのは、ネスが「何かあったら自分が責任を持つ」って両親に言ってくれたからだ。
ミーアが僕と一緒にいたいって言うなら、僕が彼女の面倒を見なきゃいけないと思う。
それには、ミラン様やサーシャさんにも納得してもらわないと。
「でもぼくはまだ未成年だから、成人するまで待って」
ミーアが目を丸くして僕を見た。
「ほんと?」
僕はにっこり笑って頷く。
「ミーアのことを安心して預けてもらえるように、僕もがんばるよ」
ネスのような立派な大人じゃないけど、ミーアひとりくらいは何とかなる。
「砂漠の仕事はサーヴの町とはだいぶ違うけど、ミーアも砂族だし、きっと大丈夫さ」
僕としては初めての後輩だし、先輩として今までよりもっと厳しく教えないといけないかもな。
「ありがとう!」
ミーアの目がキラキラしてる。
ああ、涙ぐんでたからか。
砂漠の国で働けるのがそんなに嬉しいのかな。
「ミーアもそれまでは家のお手伝いをしっかりやって練習しといてね」
彼女は涙を拭きながら何度も頷いてる。
「それじゃ、またね」
話が済んだので僕はその場を離れた。
家に向かって歩いていたけど、まだ帰る気分じゃない。
広場の噴水に腰かけて久しぶりのサーヴの町を見回す。
空き家だらけだった町に人が増えてる。
お店も以前より数が増えて、他の町から来るお客さんも多くなったと思う。
「なにボーッとしてるんだ?」
突然ポンッと頭を小突かれた。
ヘラッと笑うネスが隣に座る。
「何でもないよ。 町が賑やかになったなあって思ってただけ」
「ああ、そうだな」
二人でぼんやりするのも久しぶりかも知れない。
最近はネスもずっと子守りで忙しかったもんね。
二歳児の体力半端ない。
「ネスの用事は終わったの?」
この間、来てた手紙の件かな。
「まあな」
苦笑なのか、何だか複雑そうな顔をしてる。
「明日の朝一の船で王都から客が来るんだ」
僕は頷く。
「ネスの妹さんのところから砂狐の調教師が来るんですよね?」
その人も一緒に砂漠の国に連れて帰ることになったそうだ。
そしてしばらく滞在することになる。
ネスはうーんと唸った。
「まあ、そうなんだけど」
何だか本当に複雑そう。
「そんなに嫌なら断ればいいのに」
僕がそう言うと、
「出来るならやってるさ」
と、ネスはため息を吐いた。
それより、僕は従者見習いとして確認したいことがある。
「昨夜は楽しかったですか?」
僕の実家は、このサーヴの町のネスの借家に一番近い。
ネスはまるで夜行性みたいなとこがあって、魔法の研究を夜通しやってることが多い。
だけど昨夜は夜中に起きた時、ネスの家のどこからも光が見えなかった。
遮光布や魔法で隠していてもどこからか光は洩れるものなのに。
「ミラン様は奥様が心配ですぐ帰ったと思うから」
ネスは酔わない。
酒場に長居はしないだろう。
「もしかしたら、どこか他の場所に出かけてたのかなと」
ネスは頭を掻きながら「まいったなあ」と呟いた。
何年一緒にいると思ってるんだろ。
七年だよ。
「ちょっと王都にね」
ネスは国王になってもたまに一人で出かけてしまうことがある。
転移魔法が便利過ぎるんだ。
「王都のガストスさんのところですか?」
ネスの師匠のような元騎士のお爺さん。
アブシース国の王宮に居た頃に世話になった人だって聞いてる。
「あはは、また勧誘に失敗したけどね」
ネスはあのお爺さんに砂漠に国に来てくれるよう頼んでいた。
「やっぱり、まだこっちに来る気はなさそうだよ」
元々はアブシース国軍の近衛兵だった人で、ネスの師匠になったのも国王陛下の依頼だったみたい。
ずっと独身で家族もいない人で、ネスは本当のお祖父さんのように慕っている。
「仕方ないさ、人生はひとそれぞれだし」
他人が『こっちのほうが良い』と思っても本人にとっては『大きなお世話』になる場合もある。
「何かあったら駆け付けると言ったら、向こうもそうするってさ」
ネスなら転移魔法で一瞬だけど、船で五日の距離にある王都。
それでもお師匠さんは以前ネスの危機にちゃんと駆け付けてくれた。
ネスは少し寂しそうな苦笑いを浮かべる。
翌日、隣りのウザス領からの船で二人の男性がやって来た。
どこかの自警団の軽装備を着た二人。
一人は見覚えがある濃い茶の髪と瞳の、小柄だけどがっしりした体形、武器らしい槌を背負っている。
数年前にサーヴで問題起こしたドワーフぽい人だね。
もう一人はそのドワーフよりも背も少し高い、落ち着いた雰囲気で少し薄い茶髪、肌も色白。
その男性を見たネスが固まった。
「お前、まさか、砦の子か?」
どうやらネスの知り合いらしい。
「お久しぶりです、ネス様」
にこりと微笑んだ男性がネスの前できれいな礼を取った。
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