息子の想い出


川岸を車窓を開けて走っているときに、そういえば、『あの日』はこんなふうに風の気持ちいい春の日だったな、と思い出した。


営業先から変える道中だったが、休憩にと、道路からそれた川沿いのスペースに車を停める。


まだ日も高いので、『あの日』の景色とは似ても似つかないが、吹き抜ける心地いい春風が『あの日』の記憶をよみがえらせる。


『あの日』、俺はまだ小学生で、たしか同じサッカークラブの同級生と喧嘩をしたのだ。好きな女の子を馬鹿にされたのがきっかけだった気がする。むしゃくしゃした俺は我儘を言って、迎えに来た母と海へ行ったのだ。


その海の美しさは十数年たった今でも心に残っている。

春風がさざ波をたてる海にゆらゆらと揺れる満月の美しさ。それは十分に幼い俺の心を慰めてくれて心満たされた俺は波打ち際で母と買ってきていたファーストフードを食べて帰りの車内でぐっすり寝たのだ。


あれはどこの海だったのだろう。

また行ってみたいような、想い出のままにしておきたいような、そんな気持ちだ。


海のことを思い出すたびに心が満たされるのと同時に母に感謝しなくてはと思う。


母にはたくさんのものを与えてもらった。『あの日』、海につれていってもらったこともそうだし、女手ひとつで大学まで行かせてもらったこともそうだ。


それなのに俺ときたら……と自分の現状に苦笑する。稼ぐ給料は低いしあまり母の力になっているとは思えない。


いつまで母は元気でいてくれるだろうか。元気でいてくれるうちに俺は恩返しができるだろうか。


俺は停めていた車のエンジンをかけ直して車道に戻った。結局は仕事に励んで母の力になれるようにがんばるしかないのだ。想い出を胸に。

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悔やみと想い出 月峯ネネ @tuduruS

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