第2話 覚醒したは良いが転生は逃れられない


 声も断末魔も出ない。眼前を埋め尽くす蒼白い世界。


 死ぬのか?ここで、こんな無様な結末。

 啖呵切っといて、呆気なく終わると?



 ――否、断じて否!


 そんな簡単に諦めてたまるか。

 


 刹那、プラズマ砲が掻き消え世界が黒一色に染まった。

 音もせず、全能神ですら認識が遅れる程に。僅かな一瞬のうちに、形勢は逆転する。


「なに……?」

「……んな」

「――ッ!」


 生涯最大の困惑と呆然の最中に、憤怒と憎悪の声が静かに響いた。

 自慢の雷霆が消滅し、自身が掌握する絶対の宇宙が変貌したのだから。


「ざっけんじゃねえぞ、クソ神がアァァァッッ!!!」

「なっ――ぐぅっ!?」


 ゼウスが玉座諸共に、超弩級の咆吼によって吹き飛んだ。

 周囲の星々や銀河をも震撼させる凄烈極まる大咆吼。その衝撃は物理的な破壊力さえ伴い一番近くにあった小型の星を粉砕した。

 玉座は木端微塵に粉砕され、ゼウスも耳から血を垂らしている。


 ただの人間が神の攻撃を消し去り、あまつさえ血を流させた。

 その事実はゼウスのプライドを傷付けるには充分過ぎた。立ち上がったゼウスは全身から金色の神威を溢れさせ、周囲を雷霆が荒れ狂い宇宙規模の大災害と化す。


 ただ……恐怖と絶望に支配されてしまった。


「効くか阿保が」


 煌めく桃色の斬閃。漆黒のオーラのようなものを纏ったその一撃は雷霆の嵐を両断せしめる。

 轟発する雷霆の嵐を余所に、ゼウスは視線を泳がせる。


 声のした場所には――桃色の悪魔が立っていた。


「卿、その力は……」

「黙れ」


 再び疾走はしる斬閃。恐れ戦き硬直するゼウスはソレを捉え切れなかった。

 噴き出す鮮血。ゼウスの片腕は斬られ、宇宙の彼方へと消えて行った。


「ぬぐぅぅ――ッ!」

「何だこの力……よくわかんねえけど、丁度いい。 クソ神をぶっ殺すにはもってこいだ。 覚悟しろやゼウス」

「なんと、死の恐怖を乗り越え覚醒したというのか! まさか自力でに……」

「ゴチャゴチャうるせぇ」


 三度みたび斬閃。今度は回避したが更なる驚愕がゼウスを襲った。

 何と依人は武器を持っていなかった。

 そう、彼は手刀で斬撃を放ちゼウスの片腕を断ち切ったのだ。


 普通は神と渡り合える大英雄や怪物ですら武器や能力を用いるのに、依人は素手でそれを成したのだ。

 覚醒した身体能力は容易く限界を超越し、理不尽を呆気なく蹴散らしてしまう。


「どういう事だ……、何故そこまでの覚醒が可能にッ」

「諦めなきゃァ人間は何処までも行けんのさ。 どんな理不尽だろうと運命だろうとな……人間は可能性の獣だ」


 空間を蹴り弾丸の如く迫る。

 拳を握りゼウスに狙いを定め腕を引き絞る。


 ゼウスもやられまいと雷霆を全力で解き放ち、空間を削り取りながらプラズマ砲が幾重も向って行く。

 神にしか扱えない力。それを神威かむいと呼び、人間や人外では決して抗えぬ絶対の効力を発揮する。魔力や異能を打ち消し、神の威光を貫き通すがそれは通じない。


「ッラァァッッ!!」


 気合の入った拳が振り抜かれる。神威纏いし雷霆と激突し、極大の衝撃波を発生させながら拮抗する。

 有り得ないと、ゼウスはその光景に黄金の瞳を見開いていた。神威を更に込めて押し潰そうとするが、びくともしない。それどころか押されている。


「どうなっている……卿の力は、一体なんだッ!」

闘気とうき――俺の生命力を、エネルギーに変えてるのさ。 てめえら神々が大好きな、御都合主義に負けたくねぇっつう俺の意志を乗せたなァ」


 超越者として覚醒した依人からは、無限の生命力が溢れていた。

 概念や理不尽、総じてご都合主義と呼ばれる類の力を破壊する力――それが闘気だ。無効化ではなく、あくまでも破壊しているのであって無敵にはなれない。

 これは能力というよりも、依人の生存本能による『生きたい』という想いが生命力として発露されていると言った方が正しいだろう。


「神を、能力無しで超えるだと? 卿は危険すぎる。 何としてもここで――」

「悪いが、終わりだ」


 多少のダメージを負い血を流してしまう。それでもプラズマ砲を強引にぶち破り、ゼウスの懐へと一目散に入り込む。

 凝縮される、桜を連想させる桃色の闘気。漆黒の闘気と入り交じらせながら、神殺しの一撃として完成していく。


「死ね――」


 たった一言。無慈悲な言葉と共に必滅の一撃が放たれた。

 神殺しの鉄拳は心臓を穿ち、周囲の宇宙空間ごとゼウスを吹き飛ばし破壊する。徐々に心臓から広がる様に消滅していくゼウス。

 もはや間に合わない、死は確定している。


 それでもゼウスは、微笑んでいた。


「卿には転生してもらう。 防ぐ術はない!」

「んだと……ゼウスてめえ!!」

「さらばだ、新たなる超越者よ。 卿は、他の神々と戦う運命にある……逃げられはせんよ」

「クソがッ、最後の最後にやってくれたなァ!?」


 依人の全身が光り始める。転生だ。

 こうなってしまえば闘気など関係ない。転生は確定であり、この戦いで他の神々から危険因子と認定されるのも決まってしまった。

 急速に全身が透けていき、意識も遠のいていく。


「ちく、しょう……っ。 殺、す……絶対に、だ……神々を、滅ぼしてやるッ!!」

「出来るものならな……ぐふっ」


 ゼウスと依人、双方が同時に消滅する。


 これより他の神々がゼウスの死を知り、依人を見つけようと動き出す。

 依人は異世界へと転生し、全宇宙を巻き込んだ戦争へ身を投じる事となる。


 これより―――神魔大戦ラグナロクの幕が上がった。


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変態が征く はよほ @kuromiya_yorito

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