第31話 ゼレノリアのお香

 アウドラゼン国は、魔法がない代わりに、それに代わる物が何かしらが考えられている。例えば魔物の嫌う香が存在する。セントレナでは一般的ではないが、これはアウドラゼン国の隠された特産品でもある。


 魔物に対抗する有効手段として、魔法使いのいない国からは高くても良いので欲しいと言われているそうだ。


 もともとアウドラゼンが接する魔物の棲む森の魔物が、他に森と接する他国に比べてアウドラゼンに出没する数が少ない原因の究明から魔物避けの香作りが始まったとか聞いた。


 アウドラゼン近隣に多く存在するゼレノリアという樹木を魔物が避けて進む事で、分かったという。


 このゼレノリアは、所謂、香木だった。アウドラゼン周辺にしかないらしいのだ。


 木が傷つくと自らの樹脂でその部分を覆い固めてしまう。するとそれ以上木肌が痛まないので樹も病気にかかりにくくなる。もともと木そのものは軽い質だが、この樹脂の分泌で重くなる。


 香りの元となるのがこの樹脂らしい。


 樹脂が重くて木を水につけると沈むため、沈香木(じんこうぼく)と呼ばれるのだという。


 だから魔物避けの香というよりも、香り自体の良さと希少さで有名だった。


 ほとんどを自国で消費するために他国では非常に高価なお香になる。そういった理由で、セントレナではお香としての方が有名だった。


 どちらにしても、そんな高級品は裕福な者にしか用のないものだから、セントレナでも貴族か裕福な商人の間でしか知られていない。


 


 アウドラゼンでは昔から魔物に困っていたその事に対抗する術として、魔物が嫌う匂いを研究して作られたそうだ。


 そして魔物を倒す為の多様な武器も開発されていた。アウドラゼンの人々は根気強く知恵者が多かった。


 この国の気質が大いに関係しているのだと思う。


 大きな物では、魔物の棲む深い森と国を挟む境に、万里の長城の様な高い城壁が造られていた。


 


 これは魔物の侵入を防ぐ為の堤防の様な物だ。


 魔物は主に夜に行動するので、夜になると『守りの城壁』と呼ばれるその長城で香が焚かれる。


 この城壁によって、過去にはスタンピ-ドと呼ばれる魔物の暴走からも国を守る事が出来たらしい。


 けれども、近年、その北に位置する守りの城壁が何者かに破壊されるという事件が起きたらしい。


 それが、どうやらラスタリカの陰謀ではないかと危惧されている。


 ラスタリカは常に近隣諸国の資源を狙い小競り合いを仕掛けていた。


 この好戦的で気性の荒い国民性はどうにも好きになれない。


 対してアウドラゼンは穏やかな気質の人々の国だった。


 セントレナの砦で起こった騒ぎを思い出すと、同じような手口でラスタリカが起こした事ではないかと思えるのだ。


 私がラスタリカからアウドラゼンに派遣されて半年以上が経過しようとしていた。もう少しすれば、祖国に帰還できる。だけど、最近、気になることがあった。


 国同士の考えで、アウドラゼンにもセントレナの魔法使いの血を分けて、魔法使いを増やそうという試みをしたいらしい。ラスタリカへの対抗措置だという。


 そういう話を小耳に挟んだのだ。王族同士でやり取りするのならば別に良いけれど、その矛先がこちらに振られたら困る。特に私はね。私には大切な人がいるから、その障害になるような計画だとすると迷惑なのだ。


 ユーノス様にアウドラゼンの王族や貴族の娘を当てがおうとしているという噂を聞いた。そんなのダメに決まっている。


 そう思っている矢先に、アウドラゼンの王宮事務次官から呼び出され、執務室に行くと、唐突にアウドラゼンの官僚と見合いをしてみないかと言われて、私はキレそうになった。


 「エムリア事務次官様、私にはセントレナに大切な方がいますので、そのお話はお断り致します」


 ずーっと恋心はユーノス様だけに向けてきた。この世界でユーノス様がいてくれたからシタンは幸せになれたと思っている。


 もちろん、お母様やマリーンも幸せをくれた。私はこの世界で三人をとても愛している。


 


 「ヴィエルジュ魔法師は、お相手がいるのか?まあ、貴族だし、その年頃であればそうだろうとは思ったが・・・」


 アウドラゼンでは、セントレナから来ている魔法使いは『魔法師』と呼ばれている。


 待遇も良く、アウドラゼンの人々はとても親切だ。不満はないけど、結婚問題は流石に微妙な事なので口出しして欲しくない。


 「私には心に決めた方がいます。それにそういったお話はうちの上司を通して頂きたいと思います」


 「ああ、申し訳ない。魔法師の方々の力を間近でみてしまうと、つい我々も色々と欲がでてしまったようだ。このことは、忘れてくれて構わない。すまなかった」


 たぶん私が女性だから言い易かったのだと思う。多かれ少なかれ、こういう世界では男尊女卑的な風潮が残っているのだ。


 そう言われては、素直に頷くしかない。ただ、私はユーノス様の事が気がかりだった。誰かにロックオンされたら困る。思わず子供の様に指の爪をかじってしまった。


 こんな時には自室でゼレノリアのお香を焚くと気分が落ち着く。


 話は変わるけれど、ゼレノリアのお香は、アウドラゼンでは生活用品として売られているので、包装は洒落っ気はないけど安価にお香が手に入るので少なくない量を購入してある。


 自分用にもお土産としても、この清廉な香りは良いと思ったから。きっとユーノス様もお母様とマリーンも好きな香りだと思う。セントレナに帰るときには良いお土産になると思う。

 


 




 


 

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王子様はいらないので、さっさと家を出て、魔術師様の弟子になる事に決めました。 吉野屋桜子 @yoshinoya2019

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