第20話 新生夢部!
テレビでデイズニードランドやユンボーサルスタジオなんかの行楽地情報が流れる。そう、ゴールデンウィークに突入したのである。
当然そんな所に縁の無い俺は友達二人(エスプリに憑りつかれ、悪夢しか見れなくなった俺が獏天に夢を供給する為、夢部行きをクラスの連中に頼み込んだのがきっかけで出来た友達だ)と映画館、ゲーセンと渡り歩き、チャリで帰路についている所だ。
ぼっちとおさらば、リア充っぽい友達付き合い。そう、こんな楽しいゴールデンウィークは生れて初めてなんじゃないかと思う。でも……楽しい事は楽しいのだが、どこか寂しい。
「ふう」
そんな気持ちを鼻から抜く。
「獏天と咲馬、何やってんだろーな……」
河原のキャンプ場から漂うバーベキューの匂いをくぐり抜け、居なくなった二人に思いを巡らす。
――――魂の抜け殻となった獏府を連行する獏音さんと共に、獏天はD・E本局へ帰る事になった。
「い、一度戻って来いっていう命令なんですよ~。ひっく……新しい任務言い渡されると思うんです。そうしたらもう……ひっく、こ、ここには戻って来れないとおもうんです~、少なくとも五十年位は~、らりひゃぁぁん……」
そう言って顔をクシャクシャにする獏天。
「せ、拙者もでござる。魔力が高くなったから上級夢魔育成コースを受けろってあのビッチが勝手に申し込んだのでござる~。何十年掛かるかわからないでござるよー!!」
同じ様に顔を揉みクシャにする咲馬。そして二人同時に俺に抱き着き、涙と鼻水をシャツに擦り付けて泣き続けた――――
チャリを止め、河原に座り込んだ。
水面を伝って吹く風はとても爽やかで、草の青い香りを運んでくる。陽はまだ高い。
俺はゆっくり目を閉じ、まどろんだ。
「こら鍋くん、起きんか~!」
バシン! という音と共に目を開ける。
何故か俺は直立不動の姿勢で立っていて、目の前には竹刀を床に叩きつけている軍人姿の獏天がいた。
ここはどこかの訓練施設の様で、夢香先輩が腕だけでロープ昇りをしている。そして驚いた事にヘロヘロ状態でランニングしている獏府の姿まであった。
竹刀の先が持ち上げられ、俺の鼻先で止まる。
「私を前に居眠りとはいい度胸ですよ~、鍋くん~!」
「すみません、サー!」
「私はお前の何ですか~!」
「上官です、サー!」
「違うです~!」
いてえっ! 竹刀で尻叩かれた!
「もう一度聞きますよ~、私はお前の何ですか~!」
「偉い人であります、サー!」
「違うです~!」
いってえ! また叩かれた。知らねえよ、何て言えばいいんだよ!
「むひゃははは、何やってるでござるか」
そこへ提督が着てそうな白い軍服姿の女性が歩いてきた。
「あ、咲馬~。何勝手に夢の中へ入り込んでるんですか~」
「むひひ、無理して鬼教官演じてる優夢に助け船を出しに来たでござる」
「しょうがないですよ~、今回の鍋くんの夢がフルメタルなジャケットっぽい夢なんですから~」
「へ? これ俺の夢か。じゃ、じゃあお前達、本当の獏天に咲馬……?」
突如俺の体の自由が奪われ、宙に浮き上がった。
こ、この完全に身動きできない姿勢、股間に食い込む荒縄はー!?
「ボウヤ、どう? 久々の亀甲縛りの味は?」
恥辱的なポーズのまま宙ぶらりになった俺の前に、豊満なボンテージ姿の女性が現れる。
「あ……メ、メディ先生」
鋭く唸ったムチが俺の尻にさく裂した。
「違うでしょボウヤ、私の事は……コォォォル・ミィィィ・クィィィィンンン!! と言ったでしょう!」
ムチの乱打が俺の尻に炸裂! 意識が飛びそうになる。
「亀甲縛りされた場合、相手の事は『女王様』と呼ぶ、か。成る程成る程」
霞む目に、あぐらをかいたエスプリが、真面目な顔でメモを取っている姿が映る。
「いい加減止めろ、メディ! 鍋島が気絶してしまうではないか!」
「そうでござる、このクソビッチめ! これではお兄ちゃんに言うべき事が言えないでござ――――
はっ、と目を開いた。
眠ってたのか、俺?
いつの間にか陽はだいぶ傾き、水面は輝きを失いつつあった。
今の夢は何だ? 俺が獏天と咲馬の事を考えていたから見た夢か? ……にしても妙にリアルな夢だった。
立ち上がり、尻を叩いてからチャリに跨る。
そういえば咲馬が何か言いかけて目が覚めたな。なんだっけ? 確か……俺に言うべき事が言えない、だっけか?
漕ぎだしたチャリの鼻先を学校へ向けた。
俺以外部員が居なくなった夢部は廃部。部室だったおんぼろ小屋には誰も居るはずも無いし、来るはずも無い。それでも俺はチャリを漕ぎ続けた。
校門をくぐり、体育館の横道を走り抜ける。おんぼろ小屋が見えて来た。
夜の帳が下り、周囲は薄暗い。
おんぼろ小屋の前、俺はチャリに跨ったまま〝夢部(仮) 夢を研究する部。あなたの悪夢、解決します〟という紙が貼ってあった戸をじっと見詰める。
小屋の窓は真っ暗で、人気はまったく無い。誰かが訪れた形跡すら無かった。
「ま、そうだよな……」
その声が震えているのに、自分でも驚く。
その場から早く離れたい一心でチャリを素早く反転させる。そんな俺の前に
「あれ~、鍋く~ん。さっきの夢でもうここに来たんですか~?」
とダンボール紙を抱えた獏天が立っていた。
「むひゃ! お兄ちゃーん!」
獏天の後ろからオッドアイの女の子が駆けてきて、俺に抱き着いた。
「さ、咲馬か!? な、なんだよ随分……その、大きくなったな」
身長はもとより、俺の腕に密着する胸は、最後に見た時より遥かに大きくなっていた。
「拙者、上級夢魔育成コースを二週間で終了させたでござるよ! むひゃひゃ」
「ワタシも驚いたわ。お荷物な双子の妹、というのは過去の話ね。これからはライバルってとこかしら。うふふ」
咲馬が駆けてきた方角から、水の入ったバケツを手にメディ先生が現れた。
「むむ~、咲馬~! 私より先に抱き着くなんて許せませんよ~!」
かつてのノロい足取りはどこへやら、素早くこちらへ近づいた獏天がネコパンチを咲馬へ繰り出した。
「止めるでござる! 止めるでござる!」
「こんにゃろ~、こんにゃろ~」
ネコパンチに関しては、相変わらずノロかった。しかもほとんど当たってないのも前と同じ。
「と、ところでどうしてここに居るんだ、獏天。確か新しい任務地へ行ってるんじゃないのか?」
「ほえ? あ~、そうなんですよ~、そうなんですよ~」
「何がそうなんですよ~、だよ?」
「日本支局の支局長になったのだ、鍋島。そして私は副支局長になった」
いつの間にか、夢香先輩が腰に手を当てメディ先生の隣に立っていた。
「何か~、モルペウス様の一声で決まったそうですよ~」
あの田舎のヤンキーみたいな神様か、まさか俺や獏天の事を気遣って?
「そういえば獏府は?」
「ああ、奴ならここだ」
夢香先輩の後ろから、ネコ耳フードに何故かメガネを掛けた(夢香先輩の趣味だろう)獏府がトボトボと現れた。そして俺の前へ来ると
「人間、いや、鍋島さん。以前貴方にしてしまった悪行、お詫びいたします。この通り! この通りです!」
と土下座し、何度も頭を下げた。
「これまたモルペウス様の命令でな。魔力の上限を大幅にカットされ、私の教育を受けさせる事になったのだ……っと、獏府! 土下座は両手を垂直に、額は地面へ当てると何度も言ったろう! また同じ事を言わせたらわかってるだろうな? うへへへ……」
「ひゃ! ひゃいー!! わかりましたー! だかりゃアレだけはご勘弁をー!!」
アレって何だ? ガチ百合な夢香先輩だから、まさかあんな事やこんな事を……そういや、獏府って小さいし夢香先輩のドストライクな容姿してるもんな。でも、もしそんな事されてるなら、あんな悪行したとはいえ、少々気の毒だな……。
「し、しかし、支局長になるなんて凄いな、獏天」
「えへへ~、私もよくわからないんですけど~、頑張ってますよ~」
そう言って俺の側に来た獏天が、頬を突き出してきた。
「は? 何?」
「お祝いにここへキスしてくださいよ~」
「な、何でだよ!?」
「むひゃー! この獏図々しいでござる!」
「お礼は頬へキスをする、と。成る程、成る程」
いつの間にか側に居たエスプリが真顔でメモをしている。
「エ、エスプリ~? 何でここに居るんですか~?」
「マアロックがまた奇妙な服を着させようとしたので脱走して来た。ボクはあいつが大嫌いだ」
「そうですか~、あの悪魔、変態さんっぽいからしょうがないですよね~」
「変態っぽいではなく、正真正銘の変態だよ」
「おい、また人間の夢を悪夢に変えるつもりではないだろうな」
「ボクがそうしていたのは生まれつきの習性でやっていたからだよ。人間を不幸にする行為とわかった今、そんな事をする気は無いよ。それよりボクは人間というものに興味があるんだ。だから夢部という所を根城にして、人間を観察させて貰うよ」
無垢ならではの真面目な表情に納得したのか、エスプリから視線を外した夢香先輩が
「では、新生夢部の表札を取り付けようか、優夢」
と、俺のキスをしつこく待っている獏天へ言う。
「へ? 新生夢部?」
「そう、そうなんですよ~、鍋く~ん。日本の支局長になった時決めたんです~。ここに戻って、夢部を復活させるって~」
そう言って両手に抱えたダンボール紙を見せる。
そこには
夢部 夢を研究する部。部員は全て夢のスペシャリストです!
と、ヘタウマ風の字が極太ペンで書かれてあった。
「えへへ~、部室にペン無いから校舎に行ってたんですよ~、そうしたら鍋くんが居たんでビックリですよ~」
「にしても、夢のスペシャリストって……俺も含まれてんのか?」
「あったり前ですよ~、鍋くんみたいに素敵な夢を見まくる人間は、これまで出会った事ありませんよ~」
何百年も生きている獏に言われると、そうなの? と思ってしまう。とはいえ……。
俺は和気あいあいと言葉を交わしてるみんなを見た。
途方も無い悪夢を食べ、支局長にまでなった獏の獏天。
俺の精気を食べてからみるみる急成長した夢魔の咲馬。
ほわほわ獏天を見守る超一流の獏、夢香先輩。
獏府の企みにいち早く勘付いた、これまた超一流の夢魔、メディ先生。
とんでもないポテンシャルを持った新種悪魔、エスプリ。
悪事に手を染め、今は落ちぶれたとはいえ、元支局長を務めた獏の獏府。
ひょっとしてとんでもないメンバーが揃ってるんじゃないか?
「むひゃー! 副部長は拙者が適任でござるよー!?」
「ダメダメ、ダメです~、鍋くんって決まってるんです~。だって私と鍋くんの部なんですから~」
「むひー! 部活動終わったら二人だけで下校するっていう、恋愛ゲーのイベントに持ち込むつもりでござるな! そしてそのまましっぽりラブホ行くつもりでござるな!」
「ななな、何言ってるんですか~!! そんなえっちい事恥ずかしくて出来ませんよ~!」
そんな二人の頭に夢香先輩の巨大ハリセンが炸裂する。
「いい加減にしろ! さっさと表札を掛けて中を掃除だ」
「は、は~い」
獏天がダンボール表札をガムテープで戸に貼り付ける。
「じゃあ、みんなで部室を掃除しますよ~」
「拙者、アパートが見つかるまでここへ寝泊まりするから畳を丹念に磨くでござる」
「あらあら、見つからない様にしてよ。ワタシここの顧問なんだから」
「ボクもここで暮らすよ。人間に見えない様透明になるから大丈夫」
「夢香っちんー。何でわたちに雑巾を二つ渡すのですか?」
「お前にはネコ耳ドリルが二つあるだろう。それで天井を拭けという意味だ」
そう口々にしながら、部室へ入ってゆく。
俺は戸の前で、ダンボールの表札を暫し見詰めた。
――――これからの高校生活、ここが俺の大事な場所になるんだな。友達との付き合いも大切にしなきゃだけど……。
いつの間にか獏天と咲馬が部室の中から俺を見ていた。そして同時に俺の手を取り
「鍋く~ん、一緒に窓拭きしましょ~。そして一緒に綺麗な星空見ましょうよ~」
「お兄ちゃん、畳拭きするでござる。そして一緒に寝転がるでござるよ~」
と、引っ張る。
「わかったわかった、取り合えずジャンケンしろよ。勝った方から一緒に掃除するからさ」
賑やかな声が飛び交う部室へ入った俺は、後ろ手で戸を閉めた。
【おわり】
獏ちゃんが「悪夢はもう食べたくない」といいました! こーらるしー @puru
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