第一話未知との会話

彼女を一目見た時は、中学生くらいの女の子が屋上に来たのだと思った。

背は150cmもあるか無いかで、胸は見ている此方が悲しくなるほにど小ぶり。その上、顔はまぁ、そこそこ可愛かったがヒドイ童顔。その童顔が身長とあいまって、余計に幼く見えてしまって、僕には彼女が中学生に見えてしかたがなかった。

もちろん、彼女は僕の高校の制服を着ていたし、持っていた学生カバンも、僕の通うこの高校が直々に指定したものだ。ただ、彼女は中学生であるという先入観にどっぷりと征服れていた僕の思考は、それでも彼女が”姉”か”高校生の”オトモダチ”の制服とカバンを借りて、背伸びしたがっている痛々しい”中学生”の女の子にしか思えなかった。

「ねぇ、そこの男子さん?」

「…僕に何か用?」

「そっけないなー。隣、いい?」

「えっ?」

「よいしょっと。おー寒い寒い。」

「……」

僕の隣に小走りでやってきて、そのまま了承も、返事も何も聞かないうちに腰掛けた彼女は、ふてぶてしげに僕の隣に座った。

彼女の第一印象は最悪だった。嫌悪さえしたといってもいい。その時の僕にしてみれば、静かに本を読める自分だけの唯一絶対の”居場所”、聖域といっても差し支えない場所に、ずかずかとやってきた無礼な物言いしかしない異物という思いしかなかった。

「……フぅー」

イラついた気持ちを抑えるために小さく息を吹いて、本をもう一度読み進めた。でもその時ばかりはどうも集中できなくて、僕はいったん栞をページに挟んで、ポケットから取り出した缶コーヒーのプルタップを開けた。コーヒーの匂いが湯気と共に舞い上がって、香りが木霊する。

コーヒーは本の次に好きだ。どんなに良質な本を読んで、その世界を泳いだとしても、

人間である故にか、どうしても”飽き”というものは必ずやってくる。そんな時には、コーヒーが程よい刺激になってくれる。一口コーヒーを飲んでから、もう一度ページを開いた。

…開くと同時に、童顔な顔が貼りついた頭がのぞく込んできた。その童顔頭は嬉しそうな表情になったかと思うと、僕の方にその顔をちらりと向けてきた。

「なに?」

少し語気強めて聞いた。

「おお怖っ!そんなに怒んないでよ」

おどけた顔と、楽しそうな声色で、彼女は僕に抗議してきた。わざとらしく竦められた肩は、大体、目方で5cmくらいあげられていたと思う。とにかくわざとらしくて、堪忍袋に小さな穴が開いたような感覚がして、僕は「ゴホン」と咳払をした。

「用件はなに?僕はこれを読みたいんだけど?」

「むぅ、釣れないなぁ。君、あんまりモテないでしょ?」

図星だった。頭の中で血管が2,3本切れる、確かな感覚がした。

「あはは。あのさ。さっきから失礼だぞー?用件があるならちゃんと言おうね?」

図星を突かれて腹を立てたなんてバレたら格好が悪いと思った僕は、なれない

愛想笑いを浮かべて、猫撫で声で彼女を嗜めた。と、同時に自分の中にもこんなくだらない

プライドがあったなんてと、少しがっかりしたのをよく覚えている。

「んー......君、愛想笑い下手だね」

彼女は苦笑いを浮かべながら言うと、自分の学生カバンの中をゴソゴソという擬音が似合いそうな手つきで漁りはじめた。僕はというと、渾身の愛想笑いに駄目だしされたのが妙に悔しくて、でもどうしていいのか良くわからなくなって、彼女の様子をただ見守っていた。

「あったあった」

そういいながら彼女はカバンから文庫本を一冊取り出して、誇らしげに空に掲げた。

文庫本といっても、漫画みたいな小さなサイズじゃなくて、15cmくらいの文庫本だ。

背が低い彼女が持つと、実際よりも大きく見えたそれには、見覚えの有るタイトルが書かれていた。


「あたしも好きなんだ、『ジキル博士とハイド氏』」

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空を眺める君が好き @hatcollecta

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