空を眺める君が好き

@hatcollecta

プロローグ 未知(彼女)との遭遇

「私ね、空を見るのが好きなんだ」


夕焼け色の空を背に、そうポツリとつぶやいた君は、どこか寂しそうだった---




僕が彼女と出会ったのは、3ヶ月前のことだ。最近、というには遠くて、昔、というには新しい。

そんな中途半端な昔に、僕は、彼女と出会った。


中学生の頃から高校3年生の今まで、ずっと僕は帰宅部だった。運動神経は中の中。学校の成績も中の中。特に苦手なことは何も無い。言い換えれば、何をやっても中途半端な僕は、部活なんていう、半端者でいることを許してもらえない空間に飛び込むほどマゾヒストにはなれないし、その上、自分で言うのもなんだが、どうしようもない人嫌いな僕はずっと、ずっと、帰宅部のままだった。


そのせいかは分からないが、僕はいじめられることこそなっかったが、”友達”と呼べるものは1人もできたことがなかった。”クラスメート”。大人の世界で言えば、”お知り合い”。他の子たちとは、そんな中途半端な関係しか築けていなくて、毎日学校に来ては、クラスメート達の会話をバックグラウンド・ミュージックにして本を読みながら過ごしていた。いや、それは今でも変わらないから、”過ごしている”というほうが適切なんだろうと思う。


友達がいないことを、別段、寂しいと感じたことは無かったし、自分が不幸であるとか、中途半端でいることに嫌気がさす、なんてことも無かった。ただ本が読めるのなら、何でもよかったし、どうでもよかった。他人がどうだろうと、本さえあれば、ただそれだけでいい、そう思っていた。


そんなだから、友達を特に作ろうともせず、昼休みや放課後は図書室で、天気がいい日は屋上で空を眺めながら本を読んで過ごして、そうやってただただ毎日本を読み続ける。それが僕の日常で、それが決して変わるはずの無い僕の青春の過ごし方の全てだった。


3ヶ月前のあの日も、そんなふうな変わり映えしない日常を送って、”変わらない”青春が過ぎ去っていくはずだった。


12月も半ばに入って、本格的に寒くなりだした、冬休みのあの日。

その日は図書室の整理が行われていたものだから、僕は屋上で凍えながら本を読んでいた。


左手でコンビニで買った缶コーヒーを、コートのポケットの中で握り締めて、かじかんだ右手には時々息を吹きかけながら、『ジキル博士とハイド氏』を読んでいたのを、よく覚えている。


どうして『ジキルとハイド』を読んでいたのかまでは覚えていないが、食い入るようにそれを読んでいたことは覚えている。


自身の悪の側面を除きさらんとして、結局のところその悪に呑まれて死を遂げたジキル博士。


僕はこの本が一番気に入っていた。だから、その日も特に理由なんかなくて、”お気に入りだから”という理由で読んでいたのだと思う。ただまぁ、今では余り好きではないのだが。


物語りも終盤に差し掛かかった頃、不意に屋上のドアが開く音が聞こえたと思うと、『あぅわっ』という色気の無い小さく甲高い悲鳴が僕の耳に滑り込んできた。反射的に僕は目をその声の主へと向けた。


これが、僕と彼女のいわゆる未知との遭遇、ファースト・コンタクトだった。


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