第21話 お話は剣で済ます
ジルビアは素早く男から距離を取ると腰に差した短剣へと手を伸ばす。男の方は奪った銃を眺めるとそのまま地面へ放り出してしまった。
「まったく軍はよ、こんな使いこなせもしないおもちゃを配って頭湧いてんだな。ジルビアちゃんよ、お前もそう思わねぇか?」
男はそう言い捨ててジルビアの方をあきれ顔で見た。俺らはその男の息さえ詰まりそうな気迫に圧倒されて黙るのが精いっぱい。ここで遅れてジルビアの仲間と思われる兵隊さんが二、三人駆けつけてくるも多勢に無勢どころかこの時には犠牲者が増えるくらいの感覚だった。
「何をしている? 貴様! 軍へ逆らうつもりか!」
と遅れてきた割に威勢のいい一人が男に向かって嘶いている。しかし男は相変わらずのあきれ顔。しかも、兵隊一号の雑言をすぐに止めたのはほかでもないジルビアだった。
「やめろ! こいつはお前らが相手にできるような奴じゃない」
「ジルビアちゃん、よくわかってんじゃない。そのくらい素直な方が可愛げあっていいぜ?」
男が両手を上げて目をつむりやれやれ、としぐさして見せる。この行動、確かに男は両手を上げていたし、視界も真っ暗。当然だれの目にも隙のように見えるだろう。実際俺の目にもそう見えた。ジルビアはその一瞬を突いて腰に据えた短剣を取ると、男に素早く切りかかろうとする。
普通ならここで切り傷一つくらいは付くだろう。そうでなかったら相手は化け物だ。
そんで案の定、男は後者の化け物の方だったらしい。ジルビアの短剣が男に触れそうになった途端、男は腰に携えた剣の片方を鞘から半分だけ出す。たった少し、顔をのぞかせただけのその刃がジルビアの短剣と交わると、一瞬両者の時間が止まったような沈黙が訪れた。
「いけないねぇ。相手にならないのはジルビアちゃんもいっしょだろ?」
男がそう言ったかと思うと、ジルビア短剣の刃がガラスのように砕け散り、彼女自身は遥か後方へと吹き飛ばされた。ジルビアは短剣を持っていた右腕を庇いながら悶え苦しんでいる。
「あーやだやだ、なんで俺がジルビアちゃんと戦わなきゃいけねぇんだよ。ったくユルゲンのジジイは何考えてんだか。……んでお前ら、まだやるか?」
男は残りの軍人の方を見るとそう言った。
「き、貴様、何者だ?」
兵隊の男は膝をがくがくと震えさせながら、定まらない銃口を男に向けて叫ぶ。
「何者っつてもなぁ」
男は懐に隠れたペンダントのようなものを出して見せる。盾のような形で銀色だったようだが随所がさび付いている。相当古いもののように見えた。どうやら何かの証のようである。
「これでわかるか?」
「ぎ、銀の盾章だと……。傭兵の者か? いや待て、その二つ剣……まさか?」
彼の名を言うまでもなく、軍人たちはみっともない格好で、ジルビアさえも置いて逃げ出してしまったとさ。おいおいそれでいいのか近衛兵団。俺と同じようにしてやれやれとまたしてもあきれ顔を浮かべた男。
そして満を持して奴は俺たちの方へ向かって来るのだった。
シビルは魔法式こそ展開していないものの、明らかに警戒はしているようでどことなくピリピリと張りつめた空気を感じる。イーリスはすっかり怖がってシビルの後ろに隠れてしまった。
「さーて、お嬢さん方お怪我は……してなさそうだな」
その言葉からわかるのはひとまず相手に敵意がないということ。先ほどの軍人がボソッと傭兵などと口にしていたがもしや彼がおっちゃんの言っていた傭兵なのだろう。
疑うまでもなくそれがこの場にいる皆の共通理解だろうな。
しかし傭兵という言葉と彼が放っているオーラは桁が違う。さらに言えばこの男、不思議なことに魔法使いではないようだが、似たような気配すらをも持っている。なにやらインゴのおっちゃんによって巻き込まれたこの一件、シビルが興味をそそられそうな事案の気配がしてきたな。
「おじさんが例の傭兵かい?」
シビルの低い話声は警戒を解いていない証拠そのもの。一方の傭兵は警戒心の強い猫に接する人間みたいな様子だ。
「例の……、ああインゴの奴がそう言ったのか。そうそう俺がその傭兵よ。改めて申し遅れた。わたくしめ、この度魔法使い御一行様のエスコートをさせていただきます、しがない傭兵のイェルク= ベルンハルトと申します。どうぞよろしく」
と男がわざとらしくふざけた調子でそう名乗る。イェルクと、覚えておいてやろう。さてお次は、
「魔法使いシビルとその使い魔の猫だ。生憎記憶が無くてで彼の名前はわからないよ」
「えっとイーリスって言います。リンダのばあちゃんに育てられて、魔法使い見習いです。消えた親父を探して一緒に来ました」
と固くなったイーリスまでで一通りこちらも自己紹介。イーリスはすっかり小さくなってしまっている。リリスのあのでかい態度でしばらく振舞ってもらった方がいいくらいには腰が抜けているようだ。
シビルはすっかり俺のことをちゃんと紹介してくれる。ありがたい限りだな。イェルクはというとイーリスが言ったリンダという名に反応しているようで、
「おお、リンダのババア……コホン、婆さんのとこのか。話は聞いてんぜ。そんで……」
と失言。続いて男は俺の方を向いた。
「お前は……そうだな、よろしくよ、にゃん公」
にゃん公ってなんだよ。俺はそうつぶやきたくなったが当然通じるはずもなく、俺は黙ってペコリと会釈をしたつもり。伝わっているかはわからない。多分伝わっていない。
「んであんたが例の魔法使いと……なんか思ったよりちっけぇのが来たな」
「悪かったね、小さくて」
「いやいやこれは失敬。さ、立ち話もなんだ。着いてこい」
イェルクは早々に俺たちへ背を向けるとこっちへ来いといった形で手招き。このイェルクという男、歩い方と言い、話し方と言いどうにもやる気の感じられない適当なおっさんである。ところが不思議と放つ気配は常人のそれではないのだからはなはだ奇妙だ。
さて相手はそんな奇妙な男だというのにシビルも何事もなかったかのようについていこうとする。だが、ここで何かを忘れているのに気が付ける常識人も一人はいたようで、何を隠そう常識人は立ち止まるイーリス。忘れてるのはさっきボロボロにやられたジルビアである。
「おーい、コイツこのままで……」
イーリスもずいぶんとお人好しなものだ。俺も気づいちゃいたが、伝える手段もないし、なによりさっきまでよもやこちらを殺しそうな勢いだった彼女の心配をするなんて、イーリスお前はいい奴だな。
さて確かにこんなところに気絶したお国の兵隊さんを放置していくのもいろいろと問題が募りはする。
「あー、ジルビアちゃん? 手加減したしすぐ起きんだろ……」
イェルクは適当にそう言いながらも一応といった素振りでジルビアの方へ歩み寄る。どうにも先ほどの争いを見ていた限りこの二人は知り合いらしい。存外真っ向からの敵というわけではないのだろうか。
インゴのおっちゃんやイェルクらが国と何やら対立、一方でイェルクと近衛兵団のジルビアは知り合いと。このユルゲンブルクというところの勢力図はまだまだ霧の中といった感じである。
「おいジルビア、いつまで寝てんだ? お前も軍人だったらもう少ししっかりしろよ。お前の師匠はけっこう張り合いあった――」
イェルクは手のひらでジルビアの頬をぺしぺしと叩く。しかし反応はなかった。
そんでもって無反応なジルビアによってぺらぺらとよく喋るイェルクの口は黙ってしまう。さて、ジルビアをよく見てみよう。綺麗だった軍服は傷だらけ、おまけに砕けた刃の破片でそこら中に切り傷、極めつけに泣いたような跡を残して気絶していたのである。
「……ちょいとやりすぎちまった。なんか今日は加減が効かねぇ。あーもう面倒くせぇ」
リーゼルの望石 KuKu @C_Tracy
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