第20話 執拗な追跡者

 この状況をどう切り抜けようか。考えてもどうしようもない俺が考えていると、おっちゃんが誰かに目配せをしているのに気が付いたとさ。その先には何人かの庶民のような恰好をした男女。


 おっちゃんがさっと合図を出すとすぐさま彼らの中の一人が大声を上げた。


「盗人だ! 盗人が出た! 屋台の商品を持っていかれちまった!」


 続いて別の奴が、


「ねえあの服、近衛兵団じゃない?」


 と声を上げ、


「よくわかんねぇけど兵隊さんならとっ捕まえてくれ!」


 最初の男がそう返す。さらに一人の男が屋台の商品を持って走り出す。なるほど見事だ。大声で助けを呼んだら、国の軍人たるもの助けなければ立場として危ういと。ジルビアは苦い顔をしながらも渋々またがった馬の頭の向きを変える。


「仕方あるまい、行くぞ! エマ、お前はこいつらを見張っていろ!」


 ジルビアはそう言うと部下たちを引きつれ馬を走らせる。さてさて、残されたエマは申し訳なさそうな顔をした。面倒なのはすぐに追い払えたとしてだ。


「ということみたいなので、すみませんがしばらくここでお待ちいただけますか?」


 エマはおっちゃんたちにそう尋ねる。ここから動けないのは困りものだなどと思った俺はどうやら相当に真面目腐ったやつのようだ。というのもおっちゃんはジルビアやエマの言うことなど聞く気も内容だったのである。


「悪いな兵隊さんそれはできねぇ」


「え。えっとそれはどういう」


「なあシビルの嬢ちゃん、あの薬じゃちょいと強すぎるしのませるのも分が悪い。もうちょい軽く眠らせる魔法とかあったりするか?」


「えーっと、薬って一体?」


 慌てるエマをしり目にシビルはお得意の笑みを浮かべて。


「もちろんあるよ」


 と答える。おっちゃんは親指を立ててグーサイン。


 エマが何もわからず困惑していると、シビルの目が魔法を使うときのあの色変わりシビルが手をかざすと魔法式がエマの額へと延びる。魔法式が当たった瞬間エマはふらりと力を失い乗っていた馬から滑り落ちた。


 それをイーリスがすかさずキャッチ。ちょうど馬車から飛び出すようにしてだった。後先考えないお二人の尻拭い、気が利くとはこういことだと思うんだよな。


「なあ、インゴのおやじ、コイツどうすんだよ?」


「とりあえず馬車に乗っけてやってくれ」


 イーリスは言われたままにエマを運ぶ。エマが馬車に乗せられると軽く沈むように荷台が揺れた。空になって手持ち無沙汰になったエマの馬は自分でゆっくり歩くとおっちゃんの横までやってきた。


 当然これが初対面だっただろう。ところがおっちゃんは馬の頭を撫でながら何やら馬にぶつぶつ話しかけていた。そうしたらどうだろうか、奇妙なことに馬は自分でどこかへ向かって歩き出したのだ。


「自分で家に帰れるとよ。賢いやつだ」


 なんてことをおっちゃんが言った。おっちゃんは馬と話せる特殊能力を持っていると、覚えておこう。ますますおっちゃんが何者かわからなくなってきた。


 シビルとイーリスが馬車の中で収まるとおっちゃんは手綱を握る。


「よし、二人ともいいな。もうちょい進んだら二手に分かれる。俺はこの兵隊さんをつれて上に報告。嬢ちゃんたちは例の俺らの仲間の傭兵に会ってもらう。場所は五階層の一三番通り、南西門の大橋から五つ目の家が宿と酒場の店になってる」


 階層、通り、何個目の家、と言葉で言えば単純だがご生憎この入り組んだ迷宮のような街並みを見てそう簡単にたどり着けるとは思えないな。


「階層ってなんだい?」


 と、シビルも案の定この街の勝手などわからないといった様子。


「ああ、この街は上から数えて七階層に分かれてるんだよ。もっとも、それ以上下もあるにはあるんだがそれは置いといてだ。ここは上から三階層だな。つまり二つ下の階層に下りればいい。そんで通りは外から数えてだ。看板が道にあるから見りゃわかる。南西門の大橋までは俺が連れていく。まあわからなかったら街の奴に聞け」


「そうするよ」


 さてさておっちゃんは馬車を脇道に入れる。つるされた看板は二七と記されている。つまりこれが二七番通りということか。脇道に入ると南東大橋の上とは打って変わって薄暗くなる。上の階層の石橋やら部屋やらが空からの光を遮っているからのようだ。


 道を照らす光は隙間を縫って差し込んでくる神秘的にすら感じる太陽の光だけ。一つ一つの光は弱いがあちらこちらから差し込んでいるおかげで、感覚としては光差す洞くつのような明るさである。


 地面が石畳の橋故か馬車の揺れは大きく、通るのもギリギリの幅だ。道沿いにはたまに階層を行き来するためと思われる階段を見かける。人も見かける。俺にとっちゃ街というにはあまりに異質だがここに住まう人にとってはさも日常という様子だった。


 面白いのは家の上に橋の足がつながっていたり、逆に橋の側面から部屋の支えが伸びていたり、また塔のようにまっすぐ伸びている建物があったりと、一見不規則に見える建物たちなのだが、階層と通りの隔たりははっきりとわかる。


 その不規則の中に規則がある姿、まるで植物のようだと俺には思える。植物は規則的、これ俺の数少ない豆知識。ちょうど木の枝なんかに似ているな。


 そしてなにを隠そう恐ろしいのがこの街、下を見下ろしてみると延々と下へ続いているように見えるのだ。インゴのおっちゃんの言っていた七階層までというのは到底信じがたい。


 終わりは見えず遠くには暗闇が広がっている。今にも吸い込まれそうだ。


 それから何事もなく馬車は進んでいったと。しばらく行くとなにやら小道だというのにたいまつやランプで道が鮮やかに照らされ始め、無機質な街だった中に色とりどりの看板やらが並び始める。


 さっきに比べれば装飾達がお祭り騒ぎといった具合だ。


「南西橋より先の地区は西区って言ってな、帝都の中に有永ら俺のお上の人が統治してる自治区の一つなんだぜ。リンダの婆さんがルードルフを治めてるみてぇにな。つまりそこの中なら見方だらけ、一安心っちゅーわけだ」


 おっちゃんがもうすぐ着くぞと一言添えて間もなく、馬車は南西大橋にたどり着いた。入ってきた南東大橋も脇道に比べれば十分にぎやかではあったが、しかしここは比にならないほどにぎやかだった。


 と、ここで馬車馬のブリュンヒルデが足を止める。


「長旅ご苦労様だ。俺が送るのはここまで。こっから協力するかしないかは嬢ちゃんの自由だ。まあ話を聞いて決めてくれ。悪い話じゃねぇからよ」


 おっちゃんに促されて二人は馬車を降りた。


「わかったよ。」


「なあインゴのおやじさんはそのうち合流すんのか?」


「またすぐ会えるから気にすんな。こっちの話に乗る乗らないかかわらず先のことは手伝ってやるからよ」


 なるほどそれならば俺も一安心といったところ。見知らぬ土地に異邦人二人だけは何かと困るからな。


「それで、初対面の衛兵君にはなんと名乗り出ればいいんだい?」


「別になんも言わねぇでもあいつならわかる気もするが……。いやなんでもねぇ、俺に言われたっていえば通じるさ」


 それから俺らは二手に分かれてさらに少し進んで、俺がなんとなく振り返ると――俺は賢い猫なので今度こそはぐれたりはしない。ちゃんとシビルたちにも目をやりながらだ――おっちゃんが誰か知らない女と話しているのが目に入った。きっと仲間だろう。


 おっとシビルたちが脇道に入るな。おいて行かれないようについて行かなければ。そこからは通りが二、三個進んだら降りるという繰り返す。時折シビルとイーリスっが今何階層だの何通りだのを確認し合って少しずつ目的地に近づいているように思う。


 まあ結局のところ俺にはもはや方位も自分がどこにいるかもわからないのでシビルたちを信じるしかないのだが。さてこいつらの話を聞くにそろそろ着きそうだ。


 とまあ、そう一筋縄ではいってくれないのが現実というもののようだ。さてさてここで一体全体、何が現れただろうか。答えは簡単だ。見慣れた兵隊様、ジルビアである。どこにでも湧いてくる。しつこい奴だ。


「やっと見つけだぞ! ちょこまかとよくも逃げ回ってくれたな」


 ジルビアは不思議なことにたった一人、近衛”兵団”というにはとてもじゃないが人の数が足りない。どうしたことだろうか。共食いでもしたか。しかしシビルはジルビアにはもはや興味が無いようで。


「やあ、また会ったね。会って早々悪いけど通してもらえるかな」


 シビルは目をキっと細めジルビアを威嚇した。シビルの足元にはすでに小さな魔法式が展開しようとしている。一連の流れ作業、まるで埃を払うように。しかし一方のジルビアも怯む様子はない。


「あまり調子に乗るなよ」


 ジルビアは肩にかけていた金属の筒を素早くとるとそれを構る。間もなくガチャガチャと音を立ててそれを操った。するとどうだろう。なにがあったか、考える隙も与えてくれないままに俺とシビルの足元には金属の塊が落ちておりそこからは煙が上がっていた。


 俺が爆発のような大きな音に気が付いたのはそのすぐ後だった。


「やべえってシビル、コイツは銃ってやつだよ。まともに当たったらケガじゃすまねぇーって」


 イーリスが慌ててシビルに話しかける。シビルも少々分が悪そうに発射された金属片を見つめた。


「ほぅ、田舎娘がよく知ってるな。さあ、分かったらおとなしく降参――」


 ジルビアは威勢よく続ける。正確には続けようとした。だが彼女はそこまで言って話すのを止めた。止めざるを得なかった。というのもジルビアの鉄の筒、銃とやらは軽く何者かにつかまれると、その先端はジルビアの意志にかかわらず空を仰いでしまったのである。


 そして一瞬のうちにジルビアの手から銃は奪われてしまった。


「貴様――何をっ、――ッ?」


 ジルビアが目を見開いてその男を見た。その男は大柄で肩くらいの栗色の髪に無精ひげが汚らしく生えている。その装束は彼女と同じ軍人のもののようでありながら、似ても似つかないともいえるほどボロボロ、その古びた軍服を裂け目をほかの布切れでごまかしている。


 そして腰の左には二本の剣を携えていた。今わかるのはそれだけだった。何者かは分からない。ただ明らかに異質な気配を放っていることは間違えない。


 男はジルビアに向かってこう言った。


「えぇ? 近衛兵団副隊長殿? こんなカワイ子ちゃん相手に暴力とは感心しないねぇ」


 その男の髪の隙間から覗いた眼はうっすらと銀色に光っていた。

 


 

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