第19話 都という名の迷宮

「次っ!」


 威勢のいい声で今日も元気にお勤めご苦労様なことだ。門番の兵士が次々に検問をしては通行人を捌いている。無論おっちゃんの馬車が通れないなんてことはないはずだ。


 おっちゃんが例の紋章を見せると門番は敬礼をしてお勤めご苦労様ですと、一言。後ろにいるエマにも同様のことをして見せた。おっちゃんいったい何者なんだ。


 さて、それはさておきここはユルゲンブルクである。正直都というのだから巨大な城壁にでも囲まれた都市を想像していた。しかし現実の帝都は大きく違っていた。これは巨大な山だ。一つの巨大な山脈が円状に連なって城壁の役割を担っている、そして都はその中にある、ということらしい。


 つまりこの門は山脈に空いた巨大な隧道ずいどうというわけだ。よくもまあこんな巨大な道を山に開けたものだ。


 そして馬車は帝都ユルゲンブルクへ進んでいく。馬車を覆っていた布は引き上げられて外の様子はよく見えていた。さてさて、見えてきたその景色に圧倒されないものがいるだろうか。俺はいないと思うね。


 なんてったってこの街は街というよりも一つの宮殿あるいは神殿のような場所だった。俺たちの来た道はまっすぐと中心の城、あるいは塔のような建物へと伸びている。しかもただの道ではなく巨大な一つの石橋のようになっていた。


 その左右、さらには上下に建物や小さな橋が幾重にも連なり、そして何階層をもを形成している。とても人間が作れる建築とは思えない代物だった。なんと形容すればいいか、迷宮という言葉が一番ふさわしいかもしれない。


 すべてが無機質な灰色の石造り。一見生気すら感じない建築だが、通りに出ている店、行き交う人は活気にあふれている。矛盾感のある不思議な空気だ。


 そんなユルゲンブルクの道を幾らか進んだところで、俺は妙な気配を感じる。シビルもリリスも気づいている様子だった。この面子が気配を感じるということは無論魔法が絡んでいるに違いない。例のユルゲンブルクを翻弄している敵さんがいきなりお出ましと来たか。


「おじさん、ちょっと止めてくれるかい?」


「どうした?」


「ちょっとあれを聞いてみたくて」


 シビルが指さした先には人だかり。そしてその中心には一人の女がいた。見たことのない弦楽器を手にして、石橋のへりに腰かけている。前身は黒装束に包まれていてその肩には服の一部とも錯覚してしまいそうな真っ黒い烏が留まっていた。


 一言でいうなれば旅の詩人、詩人と言えばジルビアが使った謎の魔法具を彼女に渡したのも詩人という話だったが、妙に条件に当てはまる。


「だそうだが、兵隊さんよ。ちょっくら止まってもいいか?」


「少しなら構いませんが……」


「ではお言葉に甘えさせてもらおうかな」


 そう言ってシビルは馬車から軽くひょいと身を降ろす。それからイーリスに首で合図するとイーリスは「あたしもか?」と言ったのだがリリスが「ほら行くわよ」と見事に一人会話をして見せたので二人は人だかりの外側へと行ったのだった。


 俺はその後ろをそっとついていく。


「さあさあ、これからお話しするのは遠い遠い東の大地に住まう魔法使いのお話。おっと私はこう見えて詩人ではなく講談師ですのでお間違いなきよう。さてさて、それでは。


 これは昔々の話。あるところに一人の魔法使いの青年が居りました。その名をグレイアムと言います。彼はとても優秀で魔法使いの学校では一二を争う魔法使いでした。


 しかし彼にはどうしても勝てない相手がいました。彼女は魔法使いの名門家の出身で稀代の天才魔法使いとも呼ばれた魔法使いでした。負けず嫌いなグレイアムは彼女に何度も力比べを持ち掛けます。ところが何度やってもグレイアムは彼女に勝つことができませんでした。


 そんなグレイアムはいつしか彼女に恋していました。その力にほれ込んだのか、はたまた心から恋したのかはいざ知れず。しかし二人は互いにその魔法の才を認め合い共にその魔法を高めあいました。


 そして二人は最後に魔法の可能性の終着点を見出しました。それは魔法使いがちからの源とする悪魔を人の身に降ろして悪魔と同一の存在になるというものでした。そうなってしまえば魔法使いはもう魔法使いとして魔法という方法で力を制御する必要がなくなります。


 しかし、それは魔法使いという人間に可能な領域を超えた業でした。二人はしかしそれを知りながら、その業を為してしまいました。グレイアムはその魔法を執り行い、彼女は自らを贄としました。


 末に降ろした悪魔に彼女はその身を奪われ大地を荒らしました。グレイアムは魔女の烙印を押され東の地を追放されました。


 暴れ狂う大悪魔は東の地のみならずこの西の地にも厄災をもたらしました。大悪魔を鎮めるため魔法使いたちの頂点、六柱達はその総力を結集させました。


 生命のヴィネッサは悪魔の肉体を七つに切り裂きました。


 万象のアルヴィンは巻き起こる厄災をすべて鎮めました。


 精神のシンシアは荒ぶる悪魔を贄の精神と結びその狂気を鎮めました。


 魔封じのイヴはヴィネッサの切り裂いた肉体とシンシアの鎮めた悪魔の精神を七つの石に封じました。


 始祖ソロモンは消耗した彼らにその力を分け与え力尽きました。


 そして時導のミュリエルはこの惨劇を人々が忘れぬよう、これを大悪魔の厄災として記しましたとさ。


 いかがです? これが巷を騒がしている大悪魔の復活とやらのもととなった話です。お楽しみいただけましたか?」


 観衆は魔法使いについてあまりわからずきょとんとしている者もいれば大筋を理解していそうな人々もいて様々だ。しかしシビルが昨日話していたのをより詳しく聞けたわけだ。俺もなんとなく大悪魔の厄災とやらが分かった気がする。


 しかしこやつは何者だ。なぜこんな話を知っている。


「グレイアムは追放されたあと、どうしたんだい?」


 シビルが観衆をかき分けて前に出ると講談師を名乗る女にそう尋ねた。


「ご興味を持っていただけて嬉しい限りですが、それは分かりかねますね。一説によれば東の大地で今も生きているとか、大悪魔の封印を解こうとしているとかなんとかという話もありますが」


「君はその話をどこで知ったんだい?」


「我が師から教えてもらった話です。ほかにも北の地の天まで届く塔の話や、永遠を求めて吸血鬼となった悲劇の女の話、辺境の地で貴族と恋に落ちた盗賊の話などなどいろいろありますよ。興味があったらまた聞きに来てください」


 講談師はそう言ってにこりと笑った。


「そうか、どうもありがとう」


 シビルが講談師に背を向けると彼女はちょっと待ってくださいと言ってシビルを差し止める。


「これを」


 そういって彼女が取り出したのは何やら紙切れ。何やら文字が書いてあるようだが。


「次の話の場所と日時です。随分と聞き入ってくれて嬉しかったもので、ぜひ」


 シビルは無言でそれを受取ろうとする。それと同時にシビルの目は銀色に代わり手の先には小さな魔法式が展開された。


「何のつもりだい?」


 シビルは相手をにらみつけてそう尋ねる。どうやら何か相手の仕掛けようとした魔法をはじき返したようだが。


「私もあなたに興味がわいただけですよ」


「そうかい。それじゃあ失礼するよ」


 そう言うとシビルは特にそれ以上相手を詮索するわけでもなく立ち去ろうとする。いつものシビルならもっと突っかかってもおかしくないはずだが、人目を気にしているのかあるいはそれ以上に何か理由があるのか。


 イーリスもそれに続いてその場を立ち去った。俺はその最後尾に、その時俺の背中でちくっと何かが刺さるような感触がした。虫にかまれたのと似たような感触な気がするが、まあ気のせいだろう。


 全く気がかりな講談師だ。間違いなくやつとはまた会う気がする。シビルがただただあれで引くとは思えない。


 さて、馬車へ戻ってみればそのそばにはちょうど見慣れたばかりくらいの女が馬にまたがってそこにいた。


「おやおや、輸送中の罪人を野放しにするとは見過ごせないな。エマ、どういうことだ?」


「は、はい! 少しだけというので……」


 彼女の問いかけにエマは焦って答える。


「ふん、お前が許したのならまあ良い。少し早いがここで身柄を渡してもらおうか?」


 そう、いたのはジルビア。少し登場が早すぎるのではないか。昨晩話し合った予定通りとはいかなそうだ。

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