第7話 町より監督へ

藤井様


はじめまして。風花町町長の時津と申します。


まずは数々のご無礼を心よりお詫び申し上げます。町に人を呼びたいがあまり、冷静さを失っておりました。金に物を言わせて映画をPR動画に改変しようとしていたことを認めます。


非は認めます。しかし藤井様、それは後退を意味しません。白紙に戻すなど笑止千万。状況はすでに進行しつつあり、今さら中止や路線変更などできません。そんなことをすれば地域振興へのモチベーションが急落し、私の信用にも傷がつきます。藤井様に映画監督としてのプライドがあるように、私にも町長として負けられない戦いがあるのです。


昨年の流行語大賞に「ステマ」が選ばれて以来、人々はマーケティングされることを今まで以上に嫌うようになりました。PR動画をPR動画として作っても見向きもされません。映画だから意味があるのです。その実態がPR動画で、一部の観客には看破されるとしても、映画として発表することが重要です。


藤井様、どうか我々のために映画を作ってください。クリエイターとしてのこだわりを捨てて、我々が望む映画を作ってください。相応の報酬は用意させていただきます。


報酬というのは金銭だけではありません。実は私、個人的に日本ミニシアター評議会のメンバーとコネクションがございます。それもかなり発言力のある人物です。今回のお仕事の対価として、評議会が次回審査を務めるコンクールでの高評価、最低でも入選以上をお約束します。


藤井様はご自身のことを「いい大人」とおっしゃいましたね。もう一段階大人になりましょう。世の成功者たちは皆、皿ごと毒を飲み込んで勝ち上がってきたのです。まさか良い映画を撮れば誰かが見てくれるなどとお思いではありませんよね?


さて、それでは、追加の決定事項をお伝えします。


まず、タイトルの『きみがすき』ですが、正直ヒットする予感がしないので何か新しい案をいくつか考えてください。タイトルだけで釣れるようなインパクトのあるものを希望します。


それから、絵描きとお化けを軸に据えた構成は、地味なので変更してください。これといった対案はありませんが、変更案をいただいてから意見させていただきます。


あと、「確実に違和感は残る」とのことでしたが、それでは困ります。必然性をもって我が町の観光スポットをすべて紹介してください。そのぐらいのことができなければ、プロとしては到底やっていけませんよ?


一緒に頑張りましょう、藤井様。我々はあなたの味方です。


(了)

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映画が町にやってくる! 森山智仁 @moriyama-tomohito

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