第6話 監督より町へ
本田様
私もいい大人ですから、世の中思い通りに行かないことのほうが多いと理解しています。クリエイターとして最大限の譲歩をします。ですから、そちらも譲歩をしてください。風花町をこれ以上嫌いになりたくありません。
前回のメールで提示された決定事項はすべて受け入れます。キャストもロケ地も全部使います。率直に言って相当無理やり感のあるものになると思います。プライドにかけて極力自然になるよう工夫しますが、確実に違和感は残ります。もはや仕方ありません。
タイトルも『きみがすき』で結構です。知り合いに、作品内容と何の関係もない意味不明なタイトルをプロデューサーから押し付けられた監督もいますから、自分で提案しただけまだマシと考えます。どうも経歴がご立派な皆さんはタイトルというものを軽く見る傾向があるようです。監督としての経歴一覧の中に不本意なタイトルが紛れ込む恥ずかしさ、悔しさが少しも想像できないのでしょうか。残念でなりません。
ペルセウス座流星群に関しては、スケジュール的に不可能だと申し上げたはずです。が、いくら言っても無駄だと悟りました。後輩の監督に頼んで星空だけ撮ってもらい、編集の際に力ずくでねじ込みます。
以下、こちらからの要求です。第1に、改めて言いますが、予算は取り下げてください。第2に、作品内容への介入は現時点で、正確には「前回のメールまで」で完全にストップしてください。追加や変更には一切応じられません。第3に、現在町で行っている告知・募集の類を即刻すべて取り下げ、今後は必ず事前にチェックさせてください。以上です。
資金提供を拒否するのは作品に口出しされたくないからです。何度でも言いますが、私は町のPR動画ではなく映画を撮ろうとしています。すでに瀕死状態ですが、これ以上の横槍が入れば映画としては完全に死亡します。PR動画を作りたいならご自分たちでお撮りになるか業者に発注してください。
私が撮りたかったのは、日常に疲れた現代人が明日への活力を取り戻せるような、渡り鳥が翼を休める海原の小枝のような、そんな映画です。町の皆さんが求めているのは、観ているうちに徐々に風花町に行きたくなるような動画でしょう。ここに決定的な齟齬があり、私はPR動画を撮る気はありません。
前回のメールで、新人が勝手に突っ走ってしまったと書かれていました。今どきそんな話を誰が信じるでしょうか。万に一つ、その新人職員が本当に暴走していたとして、責任は責任者にあるのですから、部下を言い訳に使う神経が理解できません。
私は今、本当にギリギリの気持ちで文章を打っています。上記3点の要求が1つでも受け入れられないなら、今回の件はすべて白紙とさせてください。
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