第5話 町より監督へ

藤井様


お世話になっております。風花町地域振興課の本田です。


ご指摘の件、真摯に受け止め、深くお詫び申し上げます。これは本当にただの言い訳にしかならないのですが、「映画が町にやってくる!」ということで、今年入ったばかりの新人がすっかり興奮してしまい、あれよあれよという間に話を進めてしまったのです。私自身も熱くなっていたところがありますし、何より私の部下のやったことですから、責任は私にあります。誠に申し訳ございません。


ただ、本件はすでに町を挙げたプロジェクトとして動き出しており、決定事項の変更は難しいということをご理解ください。具体的には、

・町が全予算を負担すること。

・タイトルは『きみがすき』であること。

・風花図書館と風花こども動物園をロケ地として使うこと。

・風花高校をロケ地として使い、全生徒が一瞬ずつでもカメラに映ること。

・風花公園をロケ地として使い、ペルセウス座流星群をストーリーに絡めること。

以上の5点になります。予算をお出しするのですから、どうか我々の意図を汲んでください。藤井様ならきっと我々の要望をすべて叶えた上で、芸術作品としても素晴らしい作品を撮ってくださるものと信じております。


お怒りはごもっともです。しかし、我が町のような無名の片田舎にとって、これは未曾有のチャンスなのです。若者は次々と都会へ出ていき、商店街のシャッターは閉まる一方です。藤井様の映画に我々は賭けているのです。どうかお力を貸してください。


さて、大変恐縮ではございますが、追加の決定事項をお伝え致します。


まず風花図書館について。実はこちらの図書館、レファレンスコーナーの充実ぶりから、一部の図書館マニアの間では有名な場所なのです。そこで、館長と協議の上、「古今東西」という言葉をキャッチフレーズにすることとなりました。一度だけで構いませんから、図書館のシーンで「古今東西」という言葉を使ってください。たとえば主人公に心の声で、「すごい。この図書館には古今東西の本が揃っている」と言わせるというのはいかがでしょうか。方法はお任せしますが、とにかく決定事項ですのでよろしくお願いします。


次に風花こども動物園について。これまではヤギとひつじがいるだけの小さな公園でしたが、この機会にかねてから検討されていた拡張工事を実行しようということになりました。秋には、ペンギンがいます。フンボルトペンギン20羽の飼育を開始します。何らかの形でペンギンを登場させてください。よろしくお願いします。


最後に、ペルセウス座流星群について。そもそも風花公園が有名になったのは、「月理学げつりがく」という、月面の地形を研究する学問の第一人者・兎蟹鰐男うさかにわにお教授が学生時代にこの公園で観測を行っていたからなのです。この度、兎蟹教授に出演を依頼しましたところ、快諾を得られましたので、教授を重要な役どころの一つとして登場させてください。よろしくお願いします。

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