第12話 一人は嫌だ

「すみません私の分まで……」

「いいえ。せっかく作るなら一人前を作るのも二人前を作るのもそれほど労力は変わりませんよ。お気になさらず」

 蒼にとっても、島に来てから激しい戦いを繰り返している割に食事をしていない中だったため、正直に言えばとても嬉しい差し入れだった。

お茶漬けになったのは体調が万全になっていない紅を見て、あまりお腹がびっくりしないものを、という心遣いによるものだ。

 箸を右手に、茶わんを左に持ち、紅は出汁に浸かって柔らかくなったご飯を口に運んでいく。

「……っ。ん……」

 もぐもぐと口を動かす紅の顔の緊張が少しずつほぐれていく。蒼もなぜかは疑うことはなく、差し出されたもてなしに感謝を述べることにした。

「とてもおいしい。こんなに手の込んだものを出していただけるとは」

「いいえ。良いのですよ。最近はこうして人に差し出す機会もありませんでしたので、少し張り切ってしまったと捉えてください」

「羨ましい。拙は、家事はとんとダメでして。そればかりは昔から、友に絶望的な腕前とからかわれたものです」

「ふふ。ならいずれ落ち着いたら教えましょうか?」

「それは。気持ちだけ受け取っておきます」

 残念ながら蒼が落ち着く状況は二度と来ない。それは自覚しているから、蒼はやんわりとその申し出を断った。

「お口に合いますか? 紅さん?」

「……ええ。蒼の言う通り、とてもおいしいわ」

 先ほどまで不機嫌そうな表情だった紅から、素直に感想が飛んでくるとは思っておらず、詩音は少し驚いていた。そして自分がいない間に二人に何かがあったのだと察する。

「なあに。米粒でもついてる?」

「いえ。私がいない間にご機嫌が少し良くなったご様子で良かったと思いました」

「……休み処を貸してくれてありがとう。体はだいぶ良くなったわ」

「それは何よりです。他に使う方もいませんので、ゆっくりとしていてください」

 自分の驚きは巧い言い回しでごまかす。

 蒼がいち早く食べ終わり両手を合わせていた。

「ごちそうさまでした」

 蒼は馳走に対しての返礼を行う。自然と口角が上がっているのは、そのお茶漬けが本当に美味であったことを示していて、調理を行った詩音は感想を聞くまでもなく満足する。

 紅ははっとした顔で蒼を見る。

「いいよ。少し彼女と話がある。ゆっくり食べていて」

蒼は紅を急かさないように一言添えて、その宣言通り詩音に質問をぶつけた。

「船がいるのですが、この島に船があるかどうか知っていますか?」

 詩音はあまり良い顔をしなかった。

「ここは監獄ですから、脱出手段はないと思います……」

 蒼は自分の働いていなかった頭について恥じた。

「確かに、さすがに考えなしの発言でしたね。失敬」

「いえ。でも、船は在りませんが作れそうな方なら知っています。ただちょっと野蛮な人たちなのであまりお勧めはできませんが」

「いえ。それでも構いません」

 蒼の意志を尊重して、詩音はそれ以上惜しむことなくその存在を語る。

「また先ほどの住居区に戻ってください。少し奥に進むと人口の小さな川があって、その川を渡って左に、周りよりもやや大きな家があるはず。そこは、倉庫になっていて、物を造る親子とその弟子の一門の方々が活動しているのです」

「なるほど……」

「確か、神輿とか、木製の仏像とか……」

「神輿……確かに、それほどに技術があれば、可能性はなくはないですね」

 詩音の表情はさらに曇っていく。まだ『おすすめできません』の理由を語っていないからだろう。

「私とは違い、彼らは律を恨んでいます。そして叶うならば復讐をしてやろうとずっと言っています。あなたが行っても良い結果になるとは到底思えません」

 なるほど、と蒼は頷いた。

 しかし、片道切符でこの島に来た蒼に、他の道はない。律に何らかの方法で紅を救い出したことが知られている可能性も考えると、悠長に問題を先延ばしにする余裕もなかった。

「行きます。紅をもう少し、ここで待機させてもよいでしょうか。荒事になったとき、私一人の方が対処しやすいでしょう」

「それは構いませんが」

「では」

 蒼が動こうとしたとき、いつのまにか食べ終わっていた紅が蒼の服を掴んだ。

「待って」

「どうした?」

 上目遣いで中腰の状態の蒼を見つめ、目を合わせる。

「私も連れて行って」

「まだ万全じゃないだろう。もう少し休んでいた方がいい」

「やだ。私も行く。一人で残されるのは嫌。私を逃がすための行動なら、私にも責任があるもの。化け物に堕ちた者同士の方が……話はうまくいくと思う」

 蒼は紅の提案をやや冷たく却下する。

「自分は化け物なんて言うな」

「でも、それは事実でしょ!」

「私は、君が私と違うみたいな言い方が嫌いだ。そんなのに頼るくらいなら、私がひどい目あった方がいい」

「じゃあ何、私は恩人が虐められるかもしれない場所に行くのに、行ってこいって手を振れって言うの?」

 紅はとても不機嫌な顔で蒼に向かう。

「私だって、恩を感じてないわけじゃない。あなたがひどい目に合うのを黙ってみていられないわ」

 その言葉は決して喜ばせるために言ったわけではないが、蒼は少し嬉しかった。昔のように自分を気遣ってくれた、そんな気がして。

 蒼はそれでも、心を鬼にして紅の手を振り払う。

「次に体調が万全になったときに頼むよ。今は、体を休めていてくれ。お願いだ」

 蒼が頑なに譲らないのを悟り、紅はため息をついた。

「勝手なことばかり、貴方は」

「悪いね」

「もういいわ。行くなら行ってきなさい。あなたの言い分も理解した。今回だけは、譲ってあげる」

「かたじけない」

 紅の許可を得て、蒼は今度こそ部屋を後にする。

「行ってしまわれましたね」

 紅はおとなしく寝――なかった。

「さて」

 なんと紅も立ち上がり、何をするのか詩音が心配する。

「なあに、追いかけるに決まってる。私を助けておいて、勝手に置いてけぼりなんて許せない。私の生き死には私が決める、任せてばかりなんていられない」

 紅もまた詩音の言葉での静止を振り払って、蒼を追いかけ始める。

「元気な……お嬢様ね……」

 詩音は快活が過ぎる彼女を見て、開いた口がふさがらなかった。

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おそろしき姫と蒼の王子 とざきとおる @femania

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