第11話 その手を握って
ひどい。
ひどい。
ひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどい。
私が何をしたというの。
私は何も悪くないのに。
ただあの時、おそろしきものに、このあざをつけられてしまっただけなのに。
『死ね』
今まで優しかった家族からも、友達からも、そうなった瞬間に冷たく当たられた。武器を向けられた。そして、私を傷つけた。それがどうしようもなく辛かった。
必死に抵抗したけど、簡単に捕まって、鎖でつながれた後は、その後は本当に嫌だった。
苦しい。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
寂しい。誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か。
気持ち悪い。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
私の中に、ずっと何かが流れ込んできて、それが私の体をぐちゃぐちゃにして、私は何百万回も殺されたような気がした。でも、死ねなかった。
ずっと大好きで、ずっと信じていた律を、その一員である家族や友人を、私はもう信じたくなくなった。
最後まで私を信じてくれたのは、もう思い出せない、誰かだけだった。他のみんなは誰も私を信じてくれない、私にいなくなれと言ってくる。
みんな私を苦しめる。みんな私をいじめる。
許さない。みんな裏切り者だ。
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。
――私は、悪者じゃないよ。
――――人間だよ。
――――――ちゃんと生きていたいよ。
そんなことも分かってくれない人間は、死ぬべきだ。
人間は……死ぬ……べき……?
助けられたことは嬉しかった。
でも、私の苦しみが消えたわけじゃない。私をいじめた奴らは死ぬべきだ。絶対に。
なのにどうしてだろう。
目の前にいる彼女もまた、奴らの仲間なのに、不思議と、殺意は微塵も沸いてこないのだ。ただ、そんなことで自分の恨みを沈めてしまう自分がどうしても気に入らなかった。
ずっとため込んできた、アイツらへの殺意は、こんな柔なものじゃないはずなのに。
呪術の中にある占術の一つ。土行、根脈読。
同じ地面を通じて、人の中にある記憶や意識を読み、言葉にせずともに相手の持つ記憶を共有したり、相手の意志を確認したりすることができる便利な呪術だ。
蒼はそれを、自分と紅が離れていた間の記憶を読み取るために使った。
結果、蒼の中に流れ込んできたのは、その事実を読み取るだけで吐き気を催すような邪悪な企みによって、人体では到底耐えられないだろう呪術を受けてきた数々の経験と、それに伴って彼女の中に積もり続けた殺意と恨みの数々。
蒼は、今自分が行ったことを他人には絶対に薦められない。紅が抱えている闇を覗くのは自分が最後になるべきだと、何も意図せずして脳が訴えるほどの禍々しさを帯びていた。
ただその中に一粒の雨のような光明が見えた。それこそが、紅を人間を殺す鬼神になるのを止めていたものだろう。
「……は……ふぅ」
蒼は呼吸を整える。
「私の記憶は、とても不味かったでしょう?」
「……いや。これは私が知るべきことだった」
「ふうん。不思議」
紅は顔がやや青白くなり始めている蒼の手を握った。
「呆れた人。私にそこまで肩入れするなんてね。私はもう、人間ではないのに」
「人間かどうかは関係ない」
蒼は三度深呼吸をして心を落ち着けると、表情もまたいつもと同じに戻す。
「私にとって、君を助けるということは生きている意味そのものだった。律としての立場なんてどうでもいいくらいに」
「いいの。私の味方をすれば、貴方はこの世の人間すべてを敵に回すことになる」
「私はそれでいい。君を失うということに比べたら、その程度のことは些事だ」
「本当に……変な人ね」
紅は浮かない顔で大きく息を吐く。
「あなたにとって、昔の私は、きっと大切な人だったんだろうな。でも……私は……」
「覚えていないんだろう?」
「ごめんなさい」
「それは良いんだよ。君が気に病むことじゃない」
蒼は嫌な顔を一つせず、紅に尋ねたのは、自分のことを覚えていないからこそ、気になっていたたった一つの懸念事項だった。
「だが、君にとって何の思い入れもない私を、殺そうとは思わないのか」
紅が凄まじい恨みを律に抱いていることは、先ほど理解できている。
「……そうね。あの時、助けられた時に比べると不思議と心が落ち着いているの。なんでかは分からない」
握っている手の力をほんの少し強めて、紅は心底不思議そうな顔で語った。
「憎めない。自分でもわからないけれど。……助けてもらった恩なんてものを感じているのかな……私は、もう人間ではないのに」
「だから、それは関係ない」
蒼が突如として、その手を強く握り返した。
「ふぇ?」
「君は生きている。そして私と同じように理性があり、感情もある。なら、自分の知らない感情を抱くことも不自然じゃないよ。気にする必要なんてない」
諭すように、柔らかな表情で紅に訴える蒼。
紅はその顔を見て、心が一瞬ではあるが、びくん、と弾んだのを感じた。
懐かしいような気がする、それでも理解しがたい現象に紅は顔を少し紅くして俯いてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます