バカばっか

清野勝寛

本文

バカばっか




 夢なんてみない方がいい。辛い思いをして、苦しい思いをして、二度と取り戻せない時間をそれに注ぎ込んだって、絶対に叶わないから。絶対。過程が大事なんて、言い訳だよ。失って取り戻せないものに対して。自分が平凡な人間だったと諦めることに対して。

……ね、惨めでしょ。だから、やめた方がいいよ。夢を見るのなんて。


 人生に意味なんて求めない方がいい。意味なんてないから。勝手に自分で理由つけてるだけだから。蟻が生きることに対して、何か考えていると思う? ライオンが狩りをしてご飯を食べることに、痛みを覚えたりしないでしょ。人間も一緒。ただ生まれて、ただ死ぬだけ。意味なんてものは結局、承認欲求以外の何物でもない。

 ねぇ、気付いてるでしょ。わかってるでしょ。仮に歴史の教科書に載ってる人……織田さんとか徳川さんだって、歴史の教科書じゃ凄い風に書かれているけれど、実際はただ生きて死んでいっただけ。仮に特別なこと……ノーベル賞とかを仮に受賞したとしても、他の誰かは賞を受賞した事実に興味を持つだけ。その人になんて興味ないんだ。だから、結局、夢なんて、意味なんて、ただの自己満足。それのせいで失うものの方が多いんだから、そんな苦行を自分に課すくらいなら、いっそニートの方が本能に忠実だよ?


「うぅん、そうだよねぇ。そうかもねぇ」


 男は気の抜けた声でうんうん頷くだけだった。はっきり言ってヤバイ。ここまで言ってやったのに、この男は思考しない。無駄なのに。無意味なのに。きっと人間として大切なところが欠落しているんだと思う。かわいそう……そう、かわいそうなヤツなんだ。


「言ってることが理解できないみたいね」

「まさか。君の言ってることは正しいよ」


 ……ヘラヘラヘラヘラと、「気持ち悪い」笑顔を浮かべて、否定する。この男は、歌をうたって誰かの人生を変えたいのだそうだ。

 一度だけ、たった一度だけこの男からその夢と生きる目標を聞いた。もちろん、私はその意味のない夢やくだらない妄想を一つずつ丁寧に否定した。

仮に誰かの人生を変えたとしよう。変えられた本人はそれで満足かもしれないけれど、その周囲にいる人間はたまったもんじゃない。ロックに生きるとか宣って、親を泣かせ友を失い、おおよそ真っ当とされる道から逸れていく。結果的には、誰かを不幸にする数の方が多いだろう。しかもそいつ自身が夢破れ、自分の生きてきた君を振り返った時には、もう取り返しがつかない。そうなった時、責任をとれるのか。もう取り戻せないものに対して、どうやって償うつもりでいるのか。


 そんな話をした時も、男は「そうかぁ、そうだよなぁ」と言っていた。もう何年も前の話なのに、今もその頃と同じことを言っている。全く成長していない。


「わかったフリしなくていいわ」

「えぇ、本心なんだけれど」


 また意味不明なことを言っている。一体どうすればわかってもらえるのだろう。また一つ、大きなため息が出た。


「それじゃあ一応聞くけど。ここまで言われて、なんで改めないの?」


 一応聞いてみる。毎回同じの、このやりとり。


「んー。まぁわかってるんだけどさ、やめられないんだよね。これがなくなったら、本当に、生きてる意味ないって思っちゃうから」


 ……ああ、やっぱり。


 やっぱり、わかってもらえない。


「どうして、そんなこと言うのよ……っ! わ、わたしはねぇ……っ!」


 声が、うまく出せない。出てこない。

 私が、これじゃあダメなのに。

 

――私がこれじゃあ!  ダメなのに!!




「ごめんね」




 不意に、温もりに包まれる。

 いや、これがなにか、私は知っている。



「わ……わたし、は……」



 ああ、本当に腹が立つ。わけのわからないことばっかりだ。言いたいことが、たくさんあるのに、言いたいのに。それなのに、この男の暖かさに心安らいでいる自分がいて。全部、どうでもいっかって思い始めてる自分がいて、ああもう。



「……ホント、バカばっか」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バカばっか 清野勝寛 @seino_katsuhiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ