ブラックタウン

かに/西山りょう

第1話(読切)

 帽子を目深にかぶった男は、よれたスーツの胸ポケットからしわくちゃの煙草の箱を取り出した。

 軽く振って1本取り出す。

 使い捨てライターでやっと火を付けると、思い切り吸ってふうーっと煙を吐き出す。

 満足そうに煙草を吹かしながら薄暗い通路の陰を歩く。


 男の名前は冬木怜戸、26歳。伊達眼鏡をかけているのは表情を隠す為のものだ。

塀に囲まれたこの街でしがない私立探偵をやっている。

 ここは特別な街だった。

 違法薬物の製造や売買、武器の密輸や横流し。

殺し、盗み……人間の全ての汚物を詰め込んだ街だ。

 闇を闇で洗う世界で情報(ひかり)を探し出すのが冬木の仕事である。


 今回の仕事はとある国から亡命してきた女を探すことだった。

この街のどこかに潜んでいるらしい。

その真偽を探れ、との依頼だ。

 

 冬木は暮れかかる空を一瞥して、繁華街へと足を向ける。

『木を隠すなら森の中』だ。

ひときわ大きなパブに目星をつけて扉を開ける。

中は白人系の人々でごった返していた。

浴びるように酒を飲む者、歌い踊りだす者。

果ては喧嘩を始める者までいる。

騒々しい喧騒(けんそう)を避けるように、彼は裏口に近い壁に張り付いて目的の女を探す。


 そうしていると、聞き慣れた『バン! バン! バン!』と乾いた発砲音が耳に入った。

「殺しか……」

ここでは珍しいことでもないが、冬木は本能的に店の裏口から路地へ走り出る。

視界の先、10メートルほど離れた場所に血だらけの男が倒れるところだった。

「ヘマをしたか……」

 この街で失敗すれば消されるのが暗黙のルールだ。

 手を差し伸べる奴はいない。

 この街に医者なんてシャレタ者も存在しない。


 血まみれの男が冬木に気づいて手を伸ばす。

「頼む……聞いてくれ……」

 ちっと冬木は舌打ちをする。


 レッドムーンが不気味な光を放ちながら二人を照らす。


「看取るくらいはしてやるか」

 冬木が近づくと倒れた男はすがるように荒呼吸で更に腕を伸ばした。

「無様だな。ここのルールは知っているだろ。お前は闇に還る」

 呪文の様につぶやく冬木に男が口を開く。

「革命だ」

「なに?」

男はゴホッと大量の血を吐いてから、かすれる声で話し始めた。

「この国に大量の武器弾薬が運び込まれている……人員もだ」

「どういうことだ?」

「東側の息のかかった連中だ……。今の帝国政府にゲリラ兵士を押し返す余力もない。このままでは国が盗られる……」

 黙って話を聞いていた冬木は疑問を男にぶつける。

「お前、帝国の潜入調査官か?」

 ゴフッと再び男が吐血する。

「馬鹿だな。国の威光が及ばないこんな闇の世界にくるから……。適当な理由を付けてフケりゃよかったんだよ、こんな仕事」

 仄暗い街の輪郭が月光に光っている。

 冬木のセリフに男が微かに笑う。

「そういうお前はここが気に入っているようだな」

「ああ!?」

 憤慨するように冬木が食って掛かる。

「光ばかりじゃまぶしくて何も見えねぇ。オレは闇に輝く宝石を探しに来てるんだよっ」

「めでたい、やつ、だ……。ここはまるで肥溜め、だ……くそ、ったれ……」

 息を吐ききったようにつぶやく男の手がガクンと地面に落ちた。


「くたばったか……」

 冬木が一人独白する。

「確かにな。この世界はお前の言う通り肥溜めだ」

固くなる男に同調し、冬木が地面に向かって親指を立てる。

「だが生憎、オレはそんな世界も悪くないと思っている」

 手向けとばかりに、冬木は冷たくなった男の手をそっと組んでやった。

 それから何事もなかったように立ち上がる。

 この街ではこれが当たり前のなのだ。


 レッドムーンが路地に冬木の影を作る。

 彼はその禍々しい月に向かって親指を立てた。

「この世界に……グッドラック!」

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