蝋燭

三津凛

第1話

まったく、生きている人間どもは私のことを決して慰めやしない。

私に教養のなんたるかを教えてくれたのは、すべて死んだ人たちだった。


不快なことがあるたびに、私は決して扉を開けはしない。

まるで水面に潜るが如くひたすらに自閉的になっていく。

生身の人間どもの、不愉快さ理不尽さ。

それに飼い馴らされることが、すなわち成長であるというならば、私は一生を未熟児のままで終えるだろう。

むしろ、それをのぞむ。

そうやって、無様に生きて、無為に噛みついて、虚無だけが両手に残るだろう。

これは予言でなくて、宣言だ。


哀しみではなく、怒りのみがいまの私を押し上げる。

それは蝋燭に灯る炎のようなものだ。

自らの足を喰いながら、緩やかに生を延長し確実に自殺へと向かう蛸のような、炎である。

やがてすべてが溶けて、消え失せるだろう。最期に立ち昇る煙は、あたかも夜明け前の火葬場から出てくるような、蒼白いものであってほしいと思う。それはただ、美しいからである。


尊敬も悔悟もなしに、淡々とそこに怒りが在る。

私はそこに囚われて、這い上がることができない。

知性のなんたるか、教養のなんたるかについて、たった一度でも死ぬ気で考えたこともない人間が静かに顔を踏んでいくのだ。

それも悪人になりきれない人々が、より陰湿に、より力を込めて。

露悪的な人間は潔い。偽善的な人間は、より陰湿だ。そして、私はどうしてもそんな無知蒙昧さを赦すことができない。

その度に蝋燭の芯が熱くなって、私は私でなくなるような心地がする。

ただ静かに誰かの声に耳を澄ますこと。嗚咽に目を向けること。歩みの音に顔を向けること。そうして、伸ばされた手を一度目は握り返すこと。

どれもが決して、生きた人間からはなされたことがない。教養のなんたるか、知性のなんたるかは語られぬ。

ひたすらに、死がすべてを裁断するまでに繰り返される。呼吸のように、飽くことも倦むことも許されずに。

尊敬も悔悟もない、ただいまここに在るだけの理不尽な世界にとどまるしかない。


そうやって無様に生きて、無為に噛みついて、虚無だけが両手に残るだろう。

希望は残らない。白昼夢のように、昼間の月のように、網膜から滑り落ちてゆくだろう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蝋燭 三津凛 @mitsurin12

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る