魅せられた青を訪ねて

@xlog6-_-9logx

第1行程 特急うずしお2号

旅は高徳線と鳴門線の分岐駅である、「池谷駅」から始まった。


高徳線を徳島方面から北上して来た列車が、西側に高徳線、東側に鳴門線へとそれぞれ分岐する、Y字型の構造を持つ全国的に見ても珍しい駅だ。


物心ついた時から幾度となく訪れているこの駅は、規模こそ田舎の無人駅だが、本数自体は意外と多い方だと思える。


特急列車を例に挙げれば、1日上下合わせて33本運転されている「特急うずしお」のうち、なんと22本も停車するのだ。


鳴門線から、また、鳴門線への乗り換えが多いが故であるが、正直止まりすぎだと思うのは私だけだろうか。


さて、ここらで池谷駅の紹介は置いておこう。


最初に乗車する列車は、池谷駅5:52発の「特急うずしお2号」。


徳島駅始発の、高徳線の上りの始発特急列車だ。


2019年9月28日以降、3両編成から2両編成に減車されたが、それでも空席が目立つ程の乗車率の低さだった。


朝日に照らされながら、池谷駅の2番線にゆっくりと入ってきた。


運用に就いていたのは、高松運転所に所属するN2000系のペア、2424号と2462号だった。


2424号は、N2000系の先行試作車に位置付けられており、車両前面形状が量産車とは大きく異なっている。


私は、唯一2両しかない試作車の片割れである2424号の12D、前面展望が望める席に座った。


着席後まもなく、ドアも閉まらないうちに車掌が検札に訪れた。


乗客が少ないのに、車掌が2人体制なのには正直驚いた。


私が乗車した時は1人が車内検札、もう1人が車内放送とドアの扱いを行っていた。


検札も済んだので、荷物を頭上の棚へ上げ、リクライニングを軽く倒してリラックスし始めた時に、乗降口のプラグドアが、「カチッ」という短く高い音を発して閉じた。


いよいよ発車である。


車内には、ディーゼルエンジンの篭った音が響き、気動車独特の小刻みな振動が床、座席から全身に伝わってきた。


加速が始まると、振動が若干大きくなって、乗降口の扉がロックされたのだろう、「プシュ」「パチンッ」という音がデッキから伝わってきた。


駅のポイント通過の際の忙しないジョイント音も楽しみの一つだ。


やがて、加速音に甲高いターボ音が混じり始める。


私は、この音がたまらなく好きなのだ。


エンジンの回転数が上がると共に、列車の速度、そして私の心拍数が上がっていく。


そこに割って入る自動放送。


「ご乗車ありがとうございます この列車は 特急 うずしお 2号 高松行きです 次は 板野に止まります」


やたらと語尾を伸ばすこの放送は、1度聞くとなかなか耳から離れないだろう。


列車はある程度加速すると、惰性走行に移る。


ふと運転台に目をやると、速度計は約80km/hを指していた。


目前にはR300の急カーブが迫る。


そういえば、このN2000系を含む2000系ファミリーの特徴といえば、やはり制御付き自然振り子だろう。


何を言っているのか分からない人向けに説明しよう。


「遠心力」という言葉を1度は耳にしたことがあると思う。


これは、カーブ等を通過する際に、外向きに働く力のことで、カーブが描く円の半径に反比例し、列車の速さの2乗に比例する。


つまり、速度が速ければ速いほど、この「遠心力」も大きくなるのだ。


では、この遠心力が大きくなりすぎるとどうなるだろうか。


答えは単純。


まず間違いなく外向きに引っ張られる力に耐えきれず、最悪の場合脱線するだろう。


このような事態を防ぎつつ、列車の速度向上を図るため、ほとんどのカーブで予め線路を内側に傾けておく、「カント」という措置が採られている。


「カント」によってある程度の遠心力は軽減されるが、限度がある。


なぜなら、「カント」を傾け過ぎると列車は内側に倒れてしまい、逆に傾け無さすぎると、遠心力が大きくなってしまい、列車のカーブ通過速度を落とさなければならなくなるからだ。


JR四国においては、特急列車が高速バスとの競合もあって、発足直後から高速化が積極的になされた。


しかし、高徳線、土讃線をはじめとする四国の路線は、急カーブが連続している区間が少なくなく、このカーブがJR四国の特急列車の高速化を阻む大きな壁であった。


カーブを高速で通過するには、「カント」プラスで、列車の車体自体を傾けて遠心力を軽減する、「車体傾斜装置」の採用が不可欠だった。


国鉄末期から当時広く用いられていたのが「自然振り子式」で、詳しい構造の説明等はここでは省くが、日本各地で都市間の所要時間短縮の実績を挙げていたことは事実である。


ただし、この機構には弱点があった。


それは、どうしても「“自然”振り子」なので、振り子の作動が遅れたり、振り子が効いた状態から元に戻る際、「振り遅れ」や「揺り戻し」といった独特の振動が発生し、乗り心地が悪化するというものだった。


この乗り心地の改善と、土讃線の高速化を図ってJR四国と鉄道総研は共同で、ある車両の開発を行った。


これにより誕生した「2000系」では、油圧装置により車体傾斜を制御し、乗り心地の改善を図ることに成功し、同時に世界で初めてとなる、「制御付き自然振り子式気動車」が誕生し、日本の鉄道の高速化に大きく貢献した。


そんな「2000系」の技術が日本中を回って集まったフィードバックを結集して造られたのが、今回乗車した「N2000系」だ。


最高時速130km/h。


機関出力も、2000系と比べて強化されている。


高徳線の特急うずしお用として開発されて、量産車が出揃った時点で中間車4両を含む16両全車が高松運転所に配属され、「特急うずしお」として高松‐徳島間約72kmを最速58分で結ぶ。


1部の列車は瀬戸大橋を渡って岡山駅まで乗り入れている。


その際、「高松駅」と予讃線の「宇多津駅」で進行方向が変わり、「宇多津駅」では後ろ側に、高知方面からの「特急南風」を併結することで有名だ。


さて、随分と逸れてしまった話をここらで戻そう。


池谷駅を発車した「うずしお2号」は、進路を西に取り、急カーブが連続する区間を自慢の振り子で難なく進み、途中「坂東駅」、「阿波川端駅」をするすると通過してゆき、次の停車駅である板野駅に滑り込んだ。


2面3線の有人駅で、徳島県最後の停車駅となる。


ここには全てのうずしおが停車する。


本来この時間であれば、意外と学生や通勤客が多いのだが、この日は日曜日。


こんな早くから出歩く人は少ないようだ 。


短い停車時間の後、「うずしお2号」はいよいよ県境越えの大坂峠に挑む。


板野駅を発車後、進路を北に変え、緑深い讃岐山脈へと分け入っていく。


山間部に線路を敷いているので、カーブが非常に多く、随分と左右に揺られる。


しかも、振り子で最大5°傾くので、カントの傾斜と合わさってまるでジェットコースターに乗っているかのように感じる。


途中の「阿波大宮駅」を横目に、ずんずん進む「うずしお2号」


そうこうしていると、ついに県境越えの大坂峠トンネルに差し掛かった。


全長1000mを越す直線のトンネルで、ここでかなり速度を上げる。


そうして大坂峠トンネルを抜ければそこは既に讃岐の国、香川県だ。


ここから香川県最初の駅、「讃岐相生駅」までは、短いトンネルをいくつか潜りつつ、讃岐山脈を下ってゆく。


その道中では、一瞬だが瀬戸内海を望むこともできる。


カーブが連続していた下山区間を抜け、讚岐平野に出た「うずしお2号」は、ここから怒涛の走りを見せる。


「讃岐相生駅」目前で急加速し、一気に100km/hを越すと、そのまま高速通過してしまった。


そしてそのまま次の停車駅である「引田駅」にするりと滑り込んだ。


こちらも板野駅と似通った2面3線の駅で、そこそこの数の普通列車の始発・終着駅となっている。


3番のりばの奥にある待避線にふと目をやると、国鉄時代のカラーリングを纏った通勤型気動車、キハ47 114と1086 そして、徳島地区を中心に活躍する1500型気動車2両が眠っていた。


引田駅の停車時間もさほど長くはない。


1人か2人の乗客を乗せたら慌しく発車した。


ここから先、讃岐白鳥、三本松と連続で停車する。


通勤特急も兼ねての運行であるこの「うずしお2号」と後続の「うずしお4号」は、ただでさえ停車駅が多いうずしおの中でも特に停車駅が多い列車で、途中駅の数は11駅にもなる。


ちなみに、高徳線の駅の数は徳島‐高松間で合計29駅だ。


讃岐白鳥駅に到着した「うずしお2号」は、乗降客が居ないせいか、1分も経たずに発車してしまった。


短い停車時間で拝めた車窓からの駅の風景は、駅舎のそばに佇む、鮮やかな青紫に色付いた紫陽花が1番印象的だった。


続いての三本松駅。2面3線の構造の駅で、よくこの駅で「うずしお」同士が離合する。


今回は離合は無し。


代わりに、奥の3番線で、高松行きの普通列車が発車準備を整えていた。


「三本松駅」を出ると、丹生、鶴羽を軽快に通過し、次の「讃岐津田駅」まで一気に走り抜ける。


津田といえば、「津田の松原・琴林公園」をご存知だろうか。


「琴林公園」は「日本の渚百選」にも選ばれた白砂青松の景勝地で、県立公園に指定されたのち、瀬戸内海国立公園として重ねて指定を受けた。


江戸時代初期に岩清水八幡宮の防風林として植えられたのが始まりとされている。


白砂の浜と黒松林のコントラストが美しい景勝地で、樹齢600年を超える老松や、根上がりの松等が約1kmにわたって続いている。


夏には県下最大の津田の松原海水浴場となり、毎年13万人の県内外からの海水浴客で賑わうそうだ。


映画のロケ地にもなったらしい。


そんな讃岐津田では、下り普通列車との行き違いで少しの間停車した。


2面3線構造の島式ホームの2番線に到着後、数名の乗客を拾ってまた走り始めた。


朝日が照らす水田地帯を軽快に疾走る「うずしお2号」。


神前、造田の各駅に目もくれず、次の停車駅であるオレンジタウンを目指す。


オレンジタウンは、JR四国グループの「よんてつ不動産」が開発する新興住宅地で、駅自体も1998年3月14日に開業した。


そのオレンジタウンに到着すると、対向の下り始発特急「うずしお1号」が……来なかった。


運休だったのだ。


コロナのせいだ。


まぁ来ないの知ってたけど。


本来であれば、このオレンジタウンで、2600系で運転される「うずしお1号」と行き違うのだが、この日は大型運休の期間中だったので、2600系で運転されるうずしおがほとんど運休だったのだ。


と言っても、23号、26号は運行されていたのだが、所定通りの2600系ではなく、N2000系3両編成での代走だった。


行き違いといういつもの光景が見れないことに寂しさを覚えつつも、私は引き続き、そしてより一層N2000系の乗車を楽しむことにした。


オレンジタウンで3分程停車した後、次の志度までは実にゆっくり走っていた。


遅すぎて逆に楽しかった。


この辺りから、源平合戦で有名な屋島が見えてくる。


志度も2面3線の駅で、白が基調の建物は近代的なデザインでなかなかに美しい。


志度では信号待ちの為2分程停車。


ここから途中の栗林駅までは、高徳線随一の高速走行区間に突入する。


志度駅を発車した「うずしお2号」は、平気で100km/h超えの速度を出し、讃岐牟礼、八栗口、古高松南を通過してゆく。


そして、住宅街を縫うように敷かれたカーブを抜けた先にようやく「屋島駅」が見えた。


屋島と言えば、源平合戦の古戦場として知られる屋根の形をした溶岩台地で、山上からは波穏やかな瀬戸の海と一体となった高松市街や多島美が一望でききる。


山上から見渡せる、今から約800年前に源平合戦が繰り広げられた檀ノ浦周辺には、平家が軍船を隠した「船隠し」や、那須与一が扇の的の矢の命中を祈った「祈り岩」など合戦の逸話を伝える史跡が数多く残っており、山上には、四国霊場第84番札所の「屋島寺」や世界的にも珍しい山頂の水族館「新屋島水族館」などがあり、屋島スカイウェイからの眺望も好評。


こちらも、映画のロケ地にもなったそう。


屋島に到着した「うずしお2号」。


私はこの時、非常に心が踊っていた。


この先、次の栗林駅までの区間は、高徳線で唯一、130km/h運転が可能な区間なのだ。


この区間は、上下線関係なく確実にうずしおがトップスピードを叩き出す区間なので、この区間だけうずしおに乗りたいという仲間も何名か居る程。


かく言う私も、この区間を数往復したことがあるが、130km/h近い速度で駆け抜ける快感は凄まじい。


しかし、良い面ばかりでもない。


あまり言及はしないが、途中にある「木太町駅」で自殺と思われる死亡事故も過去に発生しているからだ。


だが、そんなことを考えていては乗車を楽しむことはできない。


私はあくまで高速運転を楽しむことに専念した。


そして、屋島駅を定時に発車した「うずしお2号」は、徐々に速度を増し、木太町駅手前で、この日最速の124km/hを叩き出した。


130km/hには届かなかったものの、N2000系の本気の加速、本気の走りを久々に体感した私は、幸福感で胸が一杯だった。


わずか5分程で「栗林駅」に到着。


「栗林駅」は、1面2線の高架駅で、高松市の南側に位置しており、目的地にもよるが、終点の「高松駅」に行くよりも、この「栗林駅」で降りた方が利便性が良い場合がある。


ここでは、銀色のアルミ車体にJR四国のコーポレートカラーの水色のストライプが入る、徳島行きの1000型気動車と行き違った。


栗林を発車した「うずしお2号」は、高松市街を大きく西に迂回しながら180°方向変えつつ、栗林公園北口、昭和町を通過。


そして、複線の予讃線と合流する。


そしてここで、JR四国の車内チャイムが流れ、車掌により乗り換え案内等がなされた。


この後私が乗り換える、「快速マリンライナー10号」は、8番のりばから7:08の発車。


対して、この列車は3番線に6:54着。


一見急いだ方が良さそうだが、高松駅の構造上、急ぐ必要は無い。


それはそうと、予讃線と合流したあたりから何やら前方を短い電車が走っている。


岡山からの「快速マリンライナー3号」だ。


早朝と深夜の数本は二階建ての指定席車両を繋いでいない、223系5000番台で運行となっている。


“電車”という言葉、存在を認識した時、私は


あぁ、県外に来たんだなぁ


と実感する。


徳島県には電車が通ってないのだ。


だからこそ、私にとって架線がある路線はいつまで経っても新鮮な存在だ。


非電化で、架線が張られていない、高松駅3番線にゆっくりと入る「うずしお2号」。


車窓左側には、5000系、2600系、2700系……


相変わらず広く、バラエティに富んだ車両が集まる駅だ。


リクライニングを戻し、荷物を持ち、忘れ物が無いかも確認して、デッキに向かう。


ドアの前に立つと、ATSの「キンコンキンコンキンコン……」という音が微かに運転席から聞こえてくる。


そして、「うずしお2号」は、定刻通り、そして静かに終点の高松に到着した。


間もなくプラグドアが開かれ、私は実に1年振りに高松駅に降り立った。


乗り換え案内の電光掲示板には、青字で


「快速マリンライナー10号 岡山 7:08 8」


赤字で


「特急しまんと3号 高知 7:23 4」


「特急いしづち1号 松山 7:37 7」


と表示されていた。


少し改札側へと離れてふと振り返ると、今度の3番線の発車案内の電光掲示板には緑字で


「回送 7:06」


とあり、2424号に目をやると、見慣れた赤地に白く渦を巻いていた


「うずしお」


のヘッドマークは、白地に細い黒字で


「回送」


に変わっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魅せられた青を訪ねて @xlog6-_-9logx

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ