照れ隠しのつもり
「先輩、私分かっちゃったかもしれません」
自分でもわからないくらい妙に自信のこもった言葉だった。私は考える間もなくつい言ってしまったようで、先輩はすぐにこっちを向いた。
「……聞きたいな。涼はどう思うんだ?」
当然そうなるんだけど、そう言われるとちょっと怖気づいてしまった。私はちゃんとわかってるのかな?
「そうですね……私の結論としては、あのお父さんはやっぱりサイダーが飲みたくて買いに来たのではないと思います」
「じゃあ、なんでサイダーを買ったんだ?」
「それは、ストローが欲しかったからです。もちろん、さっき話したように他のキャラクターをそろえたかったわけではありません。サイダーを飲むためのストローが欲しかったのです」
陽炎が立つほどの昼間を超えて、夕日の主張が強くなる。それでも、店の前を通る人は手をひらひらさせて暑がっている。
「あの人がサイダーを買ったときに俺はちゃんとストローを渡したぞ。飲めないはずはないと思うが」
「ではストローがなかったら、どうですか? 飲む前に落としたりでもしたら……。あのストローは袋からオリジナルのデザインでした。もちろんお客さんに提供するときには、普段と違ってストローは先輩がさして用意するのではなく、お客さん自身が袋を開けるところからすることになります。この状況では、……特に、あの女の子はストローをどこかに落としてしまうこともあり得ます」
先輩は考える素振りを見せる。
「特にそうなる可能性が高い、ということか?」
「はい、思い出してほしいのは、ここが最後のチェックポイントの前だということです。もう次のアトラクションに行くと、景品がもらえることになっています。そこで、一般的な子どもが取る行動といえば……」
「買ったジュースになんて目もくれず、最後のチェックポイントに走るだろうな。その状況でゆっくりサイダーでも飲もうとする子供は少ない」
「当たったお気に入りのストローは当然、お父さんに渡さないまま……つまり、女の子が握ったままアトラクションに入ることになります。昨日行ったのでよく覚えているのですが、あのアトラクションはいっぱいの人が入るんです」
「なるほど……つまり、涼が言いたいのは、たくさんの人で缶詰め状態のアトラクション内という場所なら、ストローを落としても不思議ではないということか」
「女の子が持っている可能性が高いわけですから、こんなことは実際に起こりそうです。外に出た二人は手元にあるストローなしのサイダーをどうするか考えました。園内は日が傾きつつあるとしても気温は優に三十度を超える暑さです。中の氷が解けたサイダーは進んで飲みたいと思うものではないでしょう。蓋を外せば飲めないこともないですが……そういうわけで、お父さんの出した答えは、二つ目のSサイズのサイダーを買うことで、ストローを手に入れようということだったのではないでしょうか?」
「一つ気にかかっていることがある。ストローを落としただけだったとしたら、売り場の俺たちに頼めばよかったように思うのだが……これってもしかして」
「限定デザインが裏目に出たということです。数種類ある中でランダムにストローが当たるシステムだと知っているのなら、『無料で一本いただけませんか?』とは言えなかった可能性があります。もしお父さんがまじめな性格だったとしたら、『それはルール違反になるのでは?』と考えるのも無理はないでしょう」
「もし俺が客の立場だったら言えないな……。その可能性は十分あり得る」
話しているうちに少しずつ暗くなってきた。人も少なくなってきた。閉園まであともうひと頑張り。
「先輩、聞いてもいいですか?」
「何か?」
「女の子には……あの親子にはどのストローを渡したんですか?」
「赤、最初に渡した時には子供が喜んでたやつだな」
「同じのをあげたんですか? 最初渡したのを覚えてたのに?」
「たまたまだよ」
「ふーん」
先輩はそう言うと、また視線を向こうのベンチへと移した。件の女の子はここから少し離れたメリーゴーランドに乗っている。とても楽しそうな女の子と、それを見つめるお父さん。このままぼーっとそれを眺めていたい。
先輩は最初から気付いていたような気がするのだ。よく分からないけど、それを確かめたくて私を巻き込んで……、そんな気がする。だから、女の子に同じ種類のストローを渡したわけで……。
いけない! うまく考えようとしても、さっき気付いたことが頭から離れようとしない。そう、どう考えても先輩のあの発言はおかしい。
だって、だって……『昨日、涼も買ってたじゃないか』って。私は昨日は先輩と会っていないのだ。シフトが空いていた私はお客さんとして友達とこの遊園地に遊びに来た、昨日。そしてサイダーをあの自動販売機で買った。先輩は目がいいから、あの自動販売機とこの店の距離だったら、私が何を買ったのか分かったのだ。逆に言うと、そこまで私を見ていたのに、昨日私がここに来たことを知っていて知らないふりをした……?
いや、まさか……、でも……。
「……だよな?」
先輩がこっちを向いていた。
「え? 何か言いました?」
「ん? いや、俺はただメリーゴーランドが……」
「メリーゴーランドが?」
「綺麗だなって、なんか変なこと言ったか?」
「いや、何でもないです。そうですね、綺麗ですね」
それはきっと思い違いで。
もしかすると、ストローを落としたみたいな偶然で。
なくしたものが返ってくるような偶然なのかもしれない。
夏の遊園地は、つまりそういう場所だと思うのです。
非効率な親子 河童 @kappakappakappa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます