非効率な親子
河童
全く別の可能性
こんなに暑いのにさっきからずっと、先輩は向こうのベンチを見つめている。そこには親子、おそらく父親と小学生くらいの娘が二人で座っている。この遊園地でバイトをしてる分にはよく見る光景だ。
「なあ、さっきの男。どう思う?」
先輩がいつもの細い目で聞いてきた。こう見えて、視力はいいらしい。
「……誰のことですか?」
「さっきサイダーのSを買っていったアイツだよ、そこの自販機の横のベンチに座ってる」
「はあ……どうと言いますと?」
「あの父親は20分くらい前に全く同じSサイズのサイダーを買った。うちの店にはMもLも置いているのに、だ。気づかなかったか?」
私は作業していた手を止めた。
「そうですけど、そういう買い方をする人もいるでしょう」
「まてまて、うちのドリンクはSサイズでも結構な値段がするが、五十円プラスのLサイズだと相当な量になる。俺が客だったらS2つなんて絶対頼まないぞ」
「先輩ってもしかして〇ック行ったことないんですか? 〇ックはMサイズよりSサイズのほうが単位当たりの値段が安いんですよ」
「そんなことは知ってる。しかしだ、あいつの前に並んでいた客はSサイズとLサイズを買っていた。当然、量の違いを見ているはずだ。その様子を見ながら、あいつは20分前にSサイズを買ったんだ。そしてついさっきもSサイズを買った。おかしくないか? 買う手間も省けてコスパもいいLサイズ一択だろ」
先輩は客が来なくて暇になると、ときどき私を呼び止めて何ともない話をする。別に嫌いというわけではないが、年頃の女子高生としてはこの冴えない先輩よりももう少しカッコいい先輩アルバイターと一緒に仕事がしたかった。
「ちょっとしたらまたのどが渇いたんでしょ、お客さんがいないんだったら掃除ぐらいしてくださいよ。先輩」
「すまんが、そんな気にはならん。気になって仕方ない」
「……へー」
その場を離れようとしたときに、
「おい、なんかおかしくないか?」
と、また声をかけられた。
「今度は何ですか?」
「よく考えてみろよ。あのベンチの横、自販機があるじゃないか。あの自販機はここより多い量でしかも安いサイダーが売っている。俺がさっき買ったところだ。昨日、
「そうでしたっけ? ……あ、そうですね」
確かに、私はサイダーをあの自動販売機で買った記憶がある、昨日。
「先輩はつまり、のどが渇いただけなら自動販売機で買えばいいって言いたいんですね。でもそれなら……いや、そうか」
「そう、それなら最初からうちに来ないはず。さっき見たがサイダーが売り切れているわけでもなかった。となると、20分前に親子二人で来た時にはスタンプラリーキャンペーンのついでだったと考えることもできる」
そう言われて、私は接客台の上を見ると、そこにはこの遊園地の地図とスタンプがある。期間限定で開催中の園内スタンプラリーでは、チェックポイントを回ってスタンプを集めることで景品がもらえることになっている。この店はスタンプラリーの最後から二番目の場所に指定されていて、スタンプを押しに来た子どもには最後のチェックポイントの場所を教えるように店員マニュアルが追加されたのを思い出した。
「運営側もえげつないことするよな。ここのカウンターがチェックポイントなんだから、子供がスタンプを押したら親は何か注文せざるを得ないわけだ」
「無言の圧力ってやつですか」
「圧力をかけた記憶はないのだが」
「先輩顔怖いですからね」
「そんなに……か?」
「わりと」
先輩が少し静かになったところで、私はこんなことがなぜ起きたのか考えていた。ただの気まぐれで片付けようとすればそうはできるのだが、特別することもない。なら先輩とのゲームに付き合うくらいはやってもいいかもしれない。
「あの、先輩」
「なんだ?」
「うちに置いているサイダーSってすごく意味ないように感じます。話聞いてると、そこの自動販売機じゃなくてわざわざうちに買いに来る理由が見当たりません」
「そういうわけでもない」
そう言って、先輩は手元にあった長細い小さなプラスチックの袋を取り出した。
「それなんですか? さっきから先輩は来たお客さんにそれを渡してましたよね?」
「店員が店の売り物を把握していないとはけしからんな。今日から新しく始まったキャンペーンだ」
「またキャンペーンですか?」
「さっきのスタンプラリーとはまた別のやつだ。オリジナルデザインの袋の中には……例えばこの赤色の中には遊園地マスコットのラフィリーちゃんストローが入っている」
「え……ストロー?」
「ああ、ただ飲むためのストローだ。袋からオリジナルという作り込みようで、袋に入ったまま客に渡すよう言われている。もちろんこれだけじゃなく種類も豊富でさっきのを含めて全部で五種類だな。ちょうどこの遊園地のマスコットと同じ数になる」
工夫することはいいことだと思うけど、ちょっと細かすぎるんじゃないだろうか。そういうのよりも、遊園地なんだからもっと大きな楽しいことを考えてほしい……と私は思う。
「もしかして、その女の子はストローがもっと欲しくてサイダーを買ったんじゃないんですか? 種類もあるみたいだし、そういうのは子どもに人気がありますよね」
「俺もそれは考えたんだが、そうでもないらしい。最初に父親と一緒に買いに来た時には、俺の渡したストローの種類を見て大喜びしていた。どうやらちょうど欲しかったものらしくてな。その後わりとすぐにまた買いに来たから、もう一本同じのを狙ってきたのかと思ったんだ。それなのに、買いに来たのは父親だけで、子供のほうはそこのベンチに座って待ってたんだ」
「どこかおかしいですか?」
「いや……だってお前、ストローは何が当たるかわかんないんだぞ。それなのに、あの年の子供が買って帰るのを待ってるってのはおかしいだろ。普通だったら何が当たるか気になって一緒にここまで来るはずじゃないか? 現に一回目はそうだっただろ。それに……」
先輩は眉を寄せる。
「それに、二回目は一回目と打って変わってその子供はひどく落ち込んでるように見えてな。とにかく、おまけが欲しいって雰囲気とは明らかに違ってたんだ」
「そうですか……」
それじゃ、やっぱりサイダーが飲みたかったのかな? でも……さっき考えたらそうじゃなかったし……。
そうして考えているうちに、昨日のことを思い出した。
「先輩、スタンプラリーだとここのお店が最後から二番目のチェックポイントだっていってましたよね? じゃあ、最後のチェックポイントはどこなんですか?」
「ん……ああ、最後はあっちのアトラクションの出口だ。建物の中で3Dムービーを観るタイプらしいな」
「あれだったんですか、面白かったですよ。水しぶきとかすごかったですけど。人がいっぱい入るのですが、昨日は結構ぎゅうぎゅうで……あ、先輩には私が昨日遊びに来たって言ってませんでしたね。私はシフトが空いてたので、仕事じゃなくてただのお客さんとして遊びに来たんですよ」
「あ、ああ……。そうだったか、知らなかった」
「なんですか、そのあからさまな感じ?」
「何にもねーよ」
先輩はそっぽを向いてしまった。その態度の違和感がなんなのか確かめようと頭をひねっていると、とてもおかしな考えが頭をよぎった。
全く別の可能性。考えてもいなかったこと。
「先輩、私分かっちゃったかもしれません」
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