1-0 生物部員と虹色の邂逅 0
〜ある生徒会長と奴との遭遇〜
獣の匂いがする。
生徒会室の扉の前で、私はそう感じた。
とりあえずその匂いの出どころを探るべく、ひとしきり周囲を確認する。けれども特にこれといった異変はない。私は身構えたまま扉のオートロックを解除し、素早く室内へと体を滑り込ませる。
自分の根城に収まったというのに、妙に落ち着かない。
全て気のせいだったのだろうか。
「会長? どうかしたんですか?」
ぱちくりと目をしばたいたのは、私が右腕として信頼を寄せる生徒会副会長。彼女の目にはきっと、私の挙動が変質者のそれに近しく映っていたに違いない。
「別に、なんでもないけれど」
「それならいいんですが……何かあったら言ってくださいね」
「ええ、そうさせて貰うわ」
ふわりと副会長が微笑む。途端に実家のこたつの中にいるような安心感を覚えて、私は張り巡らせていた警戒をようやく解いた。
第一、普通科しかないこの高校で獣の匂いなどするはずがないのだ——本来であれば。
「それより会長、これ見てくださいよ。すっごく可愛くないですか?」
入り口に対してずっと背中を向けていた副会長が、回転式の椅子をくるりとこちらに向ける。と同時に、その手の中に包まれていたものが露わになった。
くるりと螺旋を巻いた尻尾。常にVの字の形を崩さない両の手。きょろきょろと動く大きな双眸——と、これだけの情報ならまだ可愛いと言って差し支えないかもしれない。けれども、私の目に飛び込んできたのはもっと全体的なビジュアルだ。
それはまるで、膝に乗るサイズの『山』だった。
緑色に連なる峰。岩肌のような質感。太極拳にも似た遅速の動作は、一挙一動が予測不能。可愛い可愛くない以前に、未知との遭遇だ。
「……何なの、それ」
「カメレオンですよ」
「ふーん」
なるほど。獣臭さの出どころは、こいつだったわけか。
「可愛いでしょ? 会長もだっこしてみます?」
「遠慮させてもらうわ」
「そんなこと言わずに、さあ、さあ!」
嬉々とした表情で副会長はカメレオンを私の眼前に近づけてくる。それを半ば全力で振り払いながら、私は誰にも聞かれないようにため息をついた。
なぜ生徒会室にカメレオンが?
安寧の居に現れた緑の来訪者。それは何かの予兆である気がしてならない。
これ以上、何も起こらなければいいけれど。
目の前でじゃれつく副会長と爬虫類を眺めながら、私は切に願った。
——けれども、私のささやかな願いは一時間を待たずして早々に瓦解するということを、この時の私はまだ知らない。
生物部員は探偵じゃない 暦 壱悟 @jimbey-x
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