第3話 願いと想い

凍てつく山が連なるポリアフ氷山

その奥にある小さな国、エデンに建つ黒い城

黒い外套をまとう男は1つの扉をノックすると、返事を待たずに中へと進む


「ご機嫌は如何ですか、[王]」


そう言いながら伸ばした指先は、バチンと大きな音を立てて見えない壁に阻まれる

血を流す指を気にもとめず、男は自分を睨みつけるように見上げるアメジストの双眸に目を細めた


「おはようございます、と言った方が正しかったようですね…レダ様?」

「うるさい…」


一体どうやって違法魔術による自我封じを解いたのかわからないが、おそらく彼の肉体が魂に順応してきたのだろう

大きな寝台の上には沢山の黒い羽根が散らばっている

その中の1枚に手を伸ばすと、その羽根は男の指に触れた途端砂のように崩れていった


「嗚呼、やはり禁術に手を出した私には触れさせていただけないのですね」

「……」


大袈裟なため息をついてぼやく男を相変わらず睨み続ける

その視線に紅い目を細めると、男は口元に自身の血が流れる指を当て薄く笑みを浮かべた


「ヴァルハラに宣戦布告をいたしたところ、無事に戦争が決まりましたよ」


その一言にレダが瞠目する。それに構わず男───サイスは両腕をまるで舞台俳優のように広げる


「もはやあの国は貴方を《敵国の王》として認知している。レダ様は既にヴァルハラにのとっては《国家反逆者》であり《滅すべき相手》なのですよ」

「ッ何で、宣戦布告なんて…!」


反論するようにレダが声をあげるがサイスはくつくつと笑うまま


「今やあの国に貴方の味方は居ないのですよ。それに……ただ降伏し、民を差し出しますか?」

「っ…」

「この国の民は、貴方を《王》として慕っています。ヴァルハラに見捨てられた民を、貴方まで見捨てるのですか?」


この3年間、共に過ごしてきたサイスはレダ・L・ヴァインスレイブという人間をよく知っている

愚かしい程の優しさを持つこの男は、俗に言う弱者であるこの国の民を見捨てることは出来ない


「宣戦布告はこちらからですから、開戦くらいはあちらに決めさせてやりましょう」

─貴方の力に期待していますよ─


そう言い残し、仰々しく頭を下げるとサイスは部屋から出ていった

やり場のない感情をぶつけるように、レダは硬化した羽根を枕に突き刺す


小さく呟いた名は、誰のものだったのか──




その頃、ヴァルハラでは開戦準備する傍らでイサは上層部やチームのメンバーと会議を行っていた


「エデンの王はたしか、純粋な堕天使血統の持ち主……今や数は少ない稀少な種族。生け捕りにするべきかと」

「堕天使血統で更に王の器となれば、どれだけの力を持つかわからない。ガイア女王殿下のことを考えれば、処刑が妥当だ」


生け捕りという防衛局長の意見に真っ向から対抗するのは、女王の家臣であるイグルド

海を挟んだブルタル帝国や東の島国のように、古くからある国ではない小国エデンの戦力は未知数

更に王印を持つ者が王として君臨しているのなら、被害の大きさは予想がつかない

多くの種族の中でも特に見目麗しく稀少性の高い堕天使純血統者が失われるのは惜しいが、そんなことを言っている場合でもない

もしもヴァルハラが敗戦したとなれば、女王殿下の側近であるイグルド自身もどんな扱いになることか


「たかが小国、そんなもの数で押し潰してしまえば良い。そしてレダ・L・ヴァインスレイブは見つけ次第始末しろ。これは命令だ」

「拝命しかねます。種族、魔力の質どちらも堕天使血統は稀少性の高い種族。今やこの大国ヴァルハラでも、純粋な堕天使血統はヴァインスレイブ家のみです。生け捕りにし、管理下におくべきかと──」


延々と続く水掛け論。ずっと黙っていたイサは苛立ちを隠せずにテーブルに手を強く叩きつけた

シン、と静まる本部。何人かは気まずそうに目を泳がせている


「処刑を命じるのであれば、俺はあちらに寝返る」


堂々と寝返り宣言をした部下に、局長は手を額に当てて天を仰ぐ

わなわなと震えるイグルドの顔は真っ赤になり、彼が激怒しているのが容易に伝わった

イサは今や、防衛局にとっても無くてはならない戦力

そんな彼があちらに寝返ったとなれば、戦況は更に未知へと進むだけだ

そう言外に伝えれば、イグルドは渋々ながらもレダの生け捕りを許可した



防衛局付近のマンションの一室

イサの部屋からはポリアフ氷山がよく見える

シャワーを浴びて濡れた髪をそのままに、イサは氷山のその先を見据える


ヴァルハラ対エデン

開戦まであと───



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エデンの王 @dogvein

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