第2話 面会と衝突。そして共謀
通達を受けた翌日、イサは人気の無い廊下を一人で歩いていた
向かう先は防衛局内にある監視棟。重大犯罪者の身内を「身柄保護」という形で「収容、監視する」建物である
厳重に重なった重たい扉を2枚挟んだ向こうは、今まで歩いてきた廊下よりも薄暗く、時折見回りの監視課職員が歩く靴音とイサ自身の足音以外は何一つ音がしない
連なる個室の前を通り、目的の部屋の前に着くとイサは指で戸を叩く
「イサ・S・フローライトです」
名乗りをあげれば鍵のかかった格子の向こうの扉が開き、イサには見慣れた姿が現れる
ハガル・L・ヴァインスレイブ
国を去ったレダの実の兄であり、純粋な堕天使血統ヴァインスレイブ家長男で次期当主
以前目にした時より幾らか痩せてはいたが、青みの掛かる銀髪の下では紫の双眸がイサを鋭く見据えていた
「何の用だ。先に言っておくがヴァインスレイブ家は国家反逆を目論んだことも、ましてやレダが首謀である事は決して無い」
冷ややかな声と眼差しにもイサは顔色1つ変えること無い。それに苛立ったのか、ハガルは格子の間から手を伸ばしイサの胸ぐらを掴む
「あの場所に居ながら、お前は何もしなかった。お前がレダを俺たち家族から奪ったんだ!」
普段の落ち着いた姿から想像もできないような、咆哮のような声を上げハガルは掴む手の力を強める
「…お前は何も語らない。あの時何があったのかも、何故レダが消えたのかも。何も言わない。そうやって黙りを決め込んで、お前は…お前たちは悠々と[国の守護者]なんて崇められて」
憎いと、全てを壊してやりたいとハガルの目が語る
レダと同じアメジストの瞳には、彼のような優しい色は無くただ目の前の男(イサ)が憎いと物語っていた
「レダがいると思われる小国エデンとの戦争が決まりました。俺は特殊部隊員として、最前線で小隊長を任命されています」
《戦争》
その言葉にハガルの顔から表情が消えた
胸ぐらを掴んでいた手が緩み…かと思いきや、もの凄い力で首を掴まれギリギリと締めあげられる
「国の犬が…結局はお前も女王と同じだ。親族にも何も教えず、ただレダを殺す。そう告げに来たんだろう。だったら今、俺がここでお前を殺してやる」
虚無な顔で、しかし言葉は重く首への圧力は増す
流石にまずいとハガルの手を掴み引き剥がすと、イサは1つ咳き込む
「落ち着いてください。今ここで俺を殺せば、レダが戻ってきた時に悲しみます」
「は、何を言うかと思えば……自らの保身の為にレダの名前を出すな。穢らわしい」
「俺が前線に立てば、それだけ相手に近くなる。レダが《箱庭》に居るのなら、きっとあ
いつを拐った男はレダを利用する」
イサの言葉にハガルは疑わしげに端正な顔を歪める
「何故そう言いきれる?何を根拠に?」
「奴はレダを見た時、こう言った。[力を利用させてもらう]と。そこにもし、レダの特化魔術だけじゃなくて王印の力も入っていて、それを戦争に利用すると言うなら───」
「待て。…王印?レダが?そんな訳ないだろ」
確かにこの国で生きてきたものなら誰もが知っていること
[王印を持つ者は100年に1人]
それでも、実際にイサが目にしたことを伝えればハガルの顔つきはどんどん変わっていく
「待て…仮にレダが王印持ちだとしても、一体どこから情報が?」
「相手はケルシー。使い魔で人語も喋るならかなりの知能があるかと…体も一見すればただの猫。もしかしたら、野良猫を偽ってレダの魂の情報を見ることだってできたのでは?」
イサの言葉にハガルは思考を巡らせる時の癖である、こめかみに指を当てる仕草をする
「使い魔については未だに未知が多い。もしそんなことが可能なら、ヴァインスレイブ家の機密だって漏れている可能性が……」
ブツブツと言うハガルを前に襟元を正すと、イサはとある提案をもちかけることにした
「俺にはハガルさんほどの知識は無い。あいつに繋がることならどんな情報もひとつ残らず掴みたい。レダを取り戻す為には貴方が必要なんです」
そう言って頭を下げる
今回は協力を見込めるとは思ってはいない
だが、何もしないよりはマシだろう
それに優秀なハガルであれば、少しの情報であの日なにがあったのか察せるはずだ
互いに無言が続く
「言っておくが、俺はまだお前を許してはいないし信じてもいない。だが……[もしもそれが真実]なら、うかうかしているうちにレダは国に殺される」
深く、ため息を吐く音が聞こえた
「イサ、顔を上げろ。お前を信頼はしていないが、レダを連れ戻せる可能性が高いのはお前だけだ。だから、俺に───、ヴァインスレイブ家に利用されろ」
「…あぁ」
交渉は成立した
ハガルはイサへ知識を、イサはハガルへ現場の情報を
本来、囚人や監視対象とのこういった交渉は規則で禁止されている
自らの地位と未来をかけたイサを目に、ハガルは呆れたような顔をした
「こんな規則破りの型破りがエリート部隊の一員とはな……」
「褒め言葉として受け取っておくさ」
薄暗い廊下で行われた、密かなやり取り
それを知る者はこの2人以外、誰もいない
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